銀河石を探せ!



 ステーションに、地球外第五銀河の惑星シトートからの貿易船が休憩のために立ち寄った。積荷は銀河石。正式な名前はもちろんあるが、地球の舌では発音できないので、一般に銀河石と呼ばれる。鉄や銅に似た鉱物の一種で、鋼をはるかに超える耐久力を持つ。地球は、シトートから銀河石を輸入する代わりに、シトートの望む繊維系の製品を輸出していた。木綿や麻といった繊維系の製品は、地球ではもう既に廃れかけているが、シトートでは貴重な防寒素材なのだ。
 貿易船がステーションに到着した後、ステーションの管理課の案内に従って船を所定の位置に移動させる。だが、その時、船員のふとした失敗で、銀河石を積んだ貨物区の壁をステーションの壁にこすり付けてしまい、貨物区のドアが開いてしまった。積まれた銀河石はあっというまにステーションの通航用通路に散らばり、貨物区はすっからかんになった。

「めんどっちいな。石ひろいなんてよ」
 アーネストはぶつぶつ言いながら、拾い上げた銀河石を、腰につけた回収籠へほうりこむ。彼の肩に乗っているニィは、銀河石に興味を示したが、臭いをかいだだけで、ぷいとそっぽを向いてしまった。金属を食べる動物とはいえ、石には興味を示さない。銀河石は精製しなければ金属にはならない。採掘されたばかりのものは、ただの、金属を含んだ石なのだ。
 散らばった銀河石の回収を、管理課で行っている。もちろん、ステーションに来るほかの宇宙船の管理なども行わなければならないため、回収作業に当たっているのは管理課の四割である。シトートの貿易船に乗っている乗員も参加しているが、数は少ない。
「腰いてえなあ」
 回収籠に半分ほど銀河石が入ると、アーネストはかがめていた背中を伸ばし、腰を叩く。他の管理課の面々も、そろそろ背中が痛み出したようで、作業を一旦とめる。それぞれの回収箱には、半分ほどの銀河石が入っていた。これでも、まだ総量の三分の一程度。まだまだ足りない。
 背伸びしていると、管理室から、ポケットに入れている小型無線機に連絡が入る。
『あと三時間以内に出航しなければならないから、早く銀河石を回収してくれってさ』
「ふざけんなよ、ったく」
 アーネストは愚痴って通信を断つ。
「総動員しなくちゃ無理だぜ、こりゃ」
 愚痴っても仕方ない。アーネストはまた、銀河石拾いを始めた。
 二時間後。
 シトートの貨物室には、総量約四分の三の、銀河石が積まれた。
「まだ残ってるのか」
 管理室の、シトートの貿易船のデータを見ながら、アーネストは舌打ちする。ニィは胸のポケットの中でくうくうと寝息を立てていた。
 残る量は四分の一とはいえども、まだかなりたくさんどこかに落ちているのだ。痛む腰と背中をさすって、アーネストは背伸びをした。貿易船が出るまであと一時間。それまでに、全部の石を見つけ出さなくてはならない。
 アーネストは管理室まで歩き、ドアを勢いよく開ける。
「よー、まだ石が残ってるって? 見当たらないんだが」
「まだ残ってるんだよ」
 管理室でシップ発着場を管理している、管理課の一人が答える。アーネストは歯噛みした。まだ腰をかがめなければならないのだから。
「銀河石をまとめてサーチできないのかよ。もうやだぜ、腰が痛くて仕方ねえや」
 壁に片手をついて体を支え、アーネストはぼやく。
「ちょっと待ちな。今、船を出す合図を送ってるから。こっちだって忙しいんだよ」
 そして宇宙船を送り出した後、アーネストの持ってきた銀河石のかけらを元に、データを管理課から一斉に送信し、検索をかける。
「ああ、ここらへんだな。座標が一致した。成分解析も終わっている。貨物船の通行用通路に、たぶん、エアダクトから転がり落ちたんだろう。いくつかは機械で回収できるな」
「全部機械にやらせろよ。俺、腰が痛くて仕方ねえんだよ」
「無理いうなよアーネスト。機械だって限界はある。まだ人間の手が必要な所だってあるんだから、文句を言うな」
「それで、その人間の手で拾わなくちゃならん場所は?」

「よりによってこんな場所かよ!」
 アーネストは苛立ちの声を上げた。
 スクラップ廃棄場。
「エアダクトから転がっていって、ここかよ。うえ」
 廃棄処分を待つスクラップ。中には、粘液状の宇宙人によってリサイクル不可にされ、悪臭を放つ錆びだらけの鉄くずもある。ニィはその悪臭を嗅いだだけで、気分悪そうにアーネストの作業服のポケットへ潜り込んでしまった。
「ぐえ」
 アーネストは、胸がむかついてくるのをどうにかこらえた。吐き気が襲ってくる。ここに長い時間いることは出来ない。さっさと銀河石の残りを全部回収して、撤収しなければ。専用の宇宙服は、他の管理課の面々が壁の修理のために使用中。このスクラップ廃棄場に銀河石を探すために割ける人数はいない。したがって、彼一人だけでこの場所の銀河石を探す事になる。
「と、とにかく始めよう。あと百個ほどだって言うし」

 回収作業が終了したのは、シトートの船が出発する十分ほど前。何とか全部の銀河石の回収を終えたアーネストは、スクラップ廃棄場から出ることができた。
 しかし、腰は痛むわ、石を詰めた回収籠は妙に重く感じるわ、スクラップ撤去中に謎めいた粘着物が作業服につくわ、ニィは嫌がって早く出てくれと鳴いてせかすわ、散々だった。
 それでも何とか貨物室に最後の銀河石を入れる。重量を確認し、OKが出る。これで全部の銀河石の回収は終わった。
 シトートの船がステーションを出た後、次の仕事の前にアーネストは一度管理課専用の部屋に戻り、消臭作用のあるシャワーを丁寧に浴びて服を着替えた。ニィも一応洗ってやったが、ニィは水が嫌いらしく、ぬるま湯を入れた洗面器に浸けてやっただけで暴れる始末だった。
 機嫌の悪いニィをケージに入れて、また作業場へ戻ってきたものの、あの粘着物の発する異臭は、消臭剤入りのシャワーを浴びただけでは完全に取れてはくれなかった。アーネストはそれから数日間、異臭に悩まされながら作業を続ける羽目になってしまい、粘着物の付着した作業服はどんな洗剤を使っても綺麗にはならず、最終的には処分する羽目になってしまったのだった。