愚痴をこぼす



「あーあ」
 ヨランダは手を止めてため息をついた。向かいに座ってローブをつくろっている呪術師の老婆は、彼女を見た。
「なんじゃ小娘。ためいきばかりつきおって」
「だって、ため息つきたくもなるわよ」
 ヨランダは話す。
 先日酒場に行った時のこと。ちょうど、ダイス振りのささやかな遊びが客の間で行われている。ダイスを二つ振って、勝てば好きな酒を注文でき、負ければおごるというルールである。金をかけるものは賭場でないとできない法律があるのだ。
「で、アタシもちょっと参加してみたのよね」
 その場の勢いにおされるように、彼女もダイスを振ってみた。対戦相手は、どこからかフラリと現れた旅人。彼女の出した目は八だったが、相手の出した目は十であった。それからその相手と三回続けて勝負したのだが、いずれも彼女が負けた。
「なんじゃ、単についてないだけじゃないかえ?」
「ツイてないって、最初は思ったのよ。でも、相手がイカサマしてるってわかった」
「ではそれを伝えればいいのではないかえ?」
「それじゃあだめなのよね。具体的な証拠がないと、あっちはそらとぼけるばかりなんだもん。それに、その旅人はとっくの昔に町を出ちゃったわよ。イカサマしてるってわかったのは、その人がいなくなった後なのよ」
「ふぇふぇふぇふぇ。やっぱりお前はついておらんのお」
「だからため息つきたくなっちゃうのよ。自分がもっとよく観察していればお酒五杯ぶんの損は取り返せたかもしれないのに!」
「酒の数があわないのお」
「最初の一杯は自分で注文した分よ」
 同時にうっかり針で指を刺してしまい、ヨランダは思わず「きゃっ」と声をあげたのだった。

 いつのころからか、ヨランダは老婆を愚痴の相手にしていた。一緒に暖炉の傍で縫物をしている時や、忙しく台所で動き回っている時、薬草酒を飲んでいる時などなど……。
 シーフギルドの面々に愚痴をこぼした事はあまりない。だが老婆を相手にするとなぜか言葉がスルスルと芋づる式に飛び出していくのであった。
(それだけ心を開ける人だったってことかしら)
 いつもこき使われているけれども、いつのまにか、ギルドで過ごす時間よりあの老婆の家で過ごす時間の方が長くなっていた。
「あいたっ。またやっちゃった」
「また刺したのかえ、手元が留守になったと思ったらこれじゃからのう」
 老婆は繕いものを終えて、背伸びした。
「ほれ小娘。肩を叩いておくれ」
「アタシまだ縫物してるんだけど」
「それはいったん後回しにしておくれ。わしは肩こりがひどいんじゃからな。痛くてしかたないわい」
 ヨランダは仕方なく、老婆の肩を叩いてやった。なぜか縫物よりもこちらの方が疲れたが。
「ほれ、そこは骨じゃ! そこではなくてもっと左じゃ!」
「何をしとるんじゃ、力の入りすぎじゃろうが! 加減もできんのかえ」
「全く本当にしつけのなっとらん小娘じゃわい!」
 老婆にさんざん文句を言われてしまった。

「んもー。肩こりがひどくなっちゃった」
 ある日の夜。セラが夢の世界へ旅立ってから、ヨランダは質素な木のテーブルにふせった。老婆は、麦がらの多い酒を己の杯に注ぎながら言った。
「何を言うか小娘。お前なんぞわしよりもはるかに若いではないか! いいよる男が山ほど訪れる絶好の時期の、いわゆる盛りのついた娘じゃろうに」
「毎日料理や縫物やってりゃ、肩コリにもなるわよ……。こりに効くお薬、ない?」
 ヨランダは自分の目の前に置かれた薬草酒を一口飲んだ。
「あら、これっていつものお酒じゃないわね。味が違ってる」
「当たり前じゃ、いつもの酒にハーブを混ぜ込んだものでのお、体を温める効果があるんじゃ」
 言われてみると、少しずつ体が温かくなってくる。
「しかも即効性なのね」
「そうとも。今の時期、これがちょうどいいじゃろう?」
「確かにそうね。ありがとう」
 酒の酔いが周り、体もポカポカ温かくなってきたところで、
「ねえ、ちょっと聞いてよおばあさん〜」
 またヨランダの愚痴が始まった。
 ヨランダにとって、この老婆は、愚痴をこぼすのにうってつけの相手であった……。