VSガキ大将
「あー、疲れた」
基地に戻ってくるなり、アーネストは大きく伸びをした。
先ほどの、お忍びで出かける令嬢を護衛する依頼を終えてきたのだが、お忍びとは仮の依頼、実際は令嬢を狙う武装団を殲滅するものであった。当然、仲間と共に苦労して武装団を殲滅したアーネストは、依頼内容が実際と違っていたことに苦情を言い立てた。その甲斐あって、そして令嬢の情もあって、依頼の報酬は三割り増しとなった。しかし、疲れたことにかわりはない。
「ちょっと一休みするか……」
ところがそうも行かなくなった。もう別の依頼が入っていたのである。
「ミリオタをどうにかしろったってなあ」
アーネストは、自分の小型宇宙船を片手で操縦しながら、もう片方の手に持った依頼内容を読み返す。依頼の内容は至極簡潔で、子供からのものだった。貯金を報酬として支払うから、近所のガキ大将の自慢を何とかして欲しいというものである。その自慢の内容たるや、武器や軍事関係の情報やアイテムばかり、つまりミリタリーオタクなのである。
さて、目的の依頼者の家に着く。彼が呼び鈴を鳴らす前に、勢いよくドアが開いて中から子供が飛び出してきた。
「来てくれたの、来てくれたの?!」
「な、何だよ一体……ってお前……」
依頼人だった。年頃は十歳そこそこであろう、気弱そうな少年であった。実際、泣いていた。その顔にはいくつかの丸いあざがある。
依頼人・コビーと一緒に、そのガキ大将がいる広場まで行く。ちょうどその問題のガキ大将が、子分五人に向かって、手に持っているマシンガン型のモデルガンの使い方を話している所であった。説明は正確で、アーネストも驚くほどであった。しかし持っている手つきが少し危うい。実際の銃火器はもっと重量があるので、あのような不安定な持ち方をしたら落としてしまいかねない。
そのガキ大将が気づいていう事には、
「よおコビーじゃないか。また撃たれにきたのか? 誰だよそのオッサンは」
「俺はまだオッサンじゃねえ!」
アーネストは、《危険始末人》のIDカードを見せる。すると、皆、好奇心で集まってきた。本物の《危険始末人》を見るのは初めてなのだろう。
ガキ大将は、モデルガンをリロードして、アーネストに言った。
「へえ《危険始末人》なんて初めて見たよ。で、何でこんな所にいるの」
「お前のミリオタぶりをどうにかして欲しいんだとよ」
ガキ大将はげらげら笑ったものである。
「なーんだ。コビーのやつ、的にされるのが嫌で《危険始末人》なんか呼んだんだな。ただの旧式のBB弾で、死にもしないっていうのにさ」
「実弾じゃねえんだ。BB弾くらいじゃ、死なねえに決まってるだろ。が、打ち所が悪けりゃ目がつぶれたりするんだがな。もっとも、お前の腕じゃ、俺を撃てるわけないけどな」
「うそだろ?」
「マジ。なんなら俺を撃ってみろよ」
余裕の笑みを浮かべるアーネストに、コビーはびくっとした。子分たちもぎょっとしたようだ。しかしガキ大将はためらいなく、相手に銃口を向ける。
引き金を引く小さな音が聞こえると同時に、アーネストはコビーを脇に抱えて素早く跳ぶ。銃弾を避けるために姿勢を低くするが早いか、ガキ大将が彼に銃口を向ける隙も与えず蛇行するようにジグザグに走る。そして、ガキ大将の手首を手刀で打ち据えてモデルガンを手放させ、足を払って転ばせる。
「できねえって言ったろ?」
ガキ大将はアーネストに押さえつけられて、身動きが全く取れない状態となった。うつぶせにされた挙句、膝で背中を押さえられ、両手を背中で捻りあげられているのだから、身動きなど取れるはずもない。元々体格に差があるというのも要因の一つだが。
「かっこつけるのは構わねえが、遊びと実戦とは全然違うんだよ。これが実戦なら、お前の首なんざとっくの昔に跳ねてんだ。それに、俺達《危険始末人》は、仕事の都合で、殺人許可証を持ってる。だから嫌というほど手を汚してきた。殺人許可証があるから、依頼で誰かを殺したとしても罪には問われないんだよ。わかってるか?」
初めて知らされる事実。子供達は皆震え上がった。つまり、アーネストがガキ大将をこの場で殺したとしても、警察には彼を殺人罪で逮捕しないのである。
「けどな」
アーネストはガキ大将を放してやる。
「俺は、お前のミリオタぶりをどうにかしろって言われただけだ。殺せなんて聞いてねえからな」
が、ガキ大将が立ち上がるや否や、アーネストはその襟首を引っつかむ。
「が、次に、依頼人からお前を殺れといわれたら、遠慮なく殺るからな。お前らも覚えとけよ」
子供達は一斉に震え上がった。
後日。
依頼人コビーから、一通の通知が届いた。読んでみると、ガキ大将からモデルガンの的にされていじめられることはなくなったものの、今度の自慢の内容は《危険始末人》と会ったことに変わってしまったという。おまけに話の内容が誇張されて学校中に伝わってしまい、ガキ大将がアーネストをモデルガンで撃ったあの場面が、モデルガンではなく実弾の銃に変わってしまっていたという。収拾がつかなくなるほど噂は広まっており、ガキ大将はなぜか英雄的な扱いを受けていた。《危険始末人》を見たことのある一般人などそういないのだから、戦闘ごっことはいえ《危険始末人》と対峙したというだけで子供達の注目を浴びるのは当然であったろう。
コビーは、ありがとうと通知の中につづっていたが、アーネストは複雑な気持ちだった。脅したことによってガキ大将のミリタリーオタクぶりを止めることはできたのかもしれないが、《危険始末人》と会ったことがかえってガキ大将を有名にさせてしまったのだから。
「俺、全然嬉しくねえ……」