それが聞きたくて
「なんで俺がこんなことしなくちゃいけないんだか」
アーネストは、ほしたマンドラゴラの束を籠の中にほうりこみながら、ぶつぶつ言った。干した草のにおいはあまり好きではない。しかもマンドラゴラには嫌な思い出があるだけに……。
ほしたマンドラゴラは地下の涼しい部屋で保管され、魔法薬を作る時に必要なだけ取り出されて鍋の中に放り込まれる。しかし、干したマンドラゴラの、叫んだままの不気味な顔は、見る者を不快にする。
籠に全てのマンドラゴラの束を詰め終わると、彼は地下室へ向かう。そこでは、呪術師の老婆とセラが一緒に、棚の中に薬草をそれぞれおさめているところだ。アーネストには、全部同じ草に見えるのだが、薬草を扱う者からみれば、ちゃんと見分けがつくのだろう。
「よー、ばあさん。持ってきたぜ、何とか言う不気味な草」
「おお、やっと持ってきおったか。待ちくたびれたワイ」
「待ちくたびれたって……そっちこそ忙しそうじゃねーか」
アーネストは、マンドラゴラの入れてある籠を近くの台の上に置く。
「ほれ、次じゃ。今度はそのマンドラゴラをこの棚に収めておくれ」
老婆は次々に彼に指示を出していく。アーネストは反論する暇も与えられぬまま、ひたすら手を動かした。
薬草は山ほどあった。それらを分類して棚にしまいこむまで数時間。結局作業は夕方までかかった。
「ああ、くたびれたあ」
アーネストは、椅子にどっかとこしかけた。さすがの体力バカのアーネストもくたびれてしまったのだ。セラは頬を染めながら、祖母の隣の椅子に座っている。
「あれくらいで疲れたじゃと? 情けない若造だわい!」
老婆は座ってはいたが、疲れた様子など全く見せていない。
「ほれ、セラ。そろそろ夕飯の時間じゃぞい」
「あ、はあい」
セラは大慌てで台所へと駆けだした。
「さて若造、さぞ腹が減ったろう。今夜はたらふく食っていくがいいわい。まあお前の胃袋じゃから、何を食べても満たされることはないかもしれないがのお」
「なんで笑うんだよ、ばーさん。気色悪いからやめろってば」
「そうかえ? それはすまんかったのお。ふぇふぇふぇふぇ」
そう言って老婆はやはり不気味に笑う。アーネストは、一体どうして老婆がにやにや笑っているのか、さっぱりわからない状態だった。だがとにかく、腹が減っているのは確かだった。
「で、ばーさんが作るんじゃねえのかよ」
「最近は、セラにやらせておるんじゃ。いいかげん、料理の一つくらいは憶えてくれんと困るからのお」
「困るって、誰が困るんだよ」
「わしも困るが、セラも困るんじゃ。理由は、お前が考えてみい。ふぇふぇふぇ」
一方、台所に立ったセラは、
(ど、どうしよう。上手く作れるかな)
野菜や干し肉や干し魚、塩やハーブ。彼女の目の前には食材が山ほどある。指を誤って切った時のために治療用魔法薬も用意してある。セラの胸はドキドキとなり、顔はもうトマトのように真っ赤になっている。
ドキドキしながら、震える手で料理用ナイフを握りしめた。
台所から、派手に皿の落ちる音が聞こえてきた。木製の皿なので、割れることはないのだが、派手に落したことは明白なほど、大きな音がいくつも聞こえた。さらに、何か小さなものがいくつも床の上に転がり落ちる音。
「きゃー、やっちゃった!」
続いて聞こえたセラの甲高い悲鳴。
「……大丈夫なのかよ、ばーさん」
アーネストは思わず老婆に問うた。老婆はにやにやしたまま、答えてくれなかった。
食事の支度が整うまでどのくらいかかったやら。アーネストの腹は鳴りっぱなしで、しゃべる元気も少しずつ失せてくる。老婆は石像のように動きもしない。居眠りしているわけでもなかったが。
「お、おまたせしました……」
台所からやけに焦げくさいにおいが漂ってきたとき、セラがやっと顔を出した。
「おや、セラ。またしてもやっちまったのかえ。火を使う時はあれほど加減に気をつけろと言うてあるじゃろうに」
「はい……」
セラが持ってきたのは、大きな鍋。中に何が入っているかと言うと、焦がしたシチュー。どうやら香りつけ用のハーブを入れすぎたらしく、若干の焦げくささときつめの薬草のにおいが混ざり合って、何ともいえぬかおりが鍋から放たれている。あまり食欲の出るにおいではない。たぶんこれが、夕飯だろう。
「失敗しちゃった……」
泣きそうな顔のセラ。
「いや、食べられりゃいいんだから何も泣かなくても……」
アーネストはあわてて彼女から鍋をひったくった。泣かれるのは苦手だ。
(食えればいいんだよ)
そう自分に言い聞かせたとはいえども、入れすぎたハーブのきつい香りが鼻を突くと容赦なく食欲が減退してしまう。そうならないうちにさっさと食べてしまおうと、彼は一口シチューを口に入れた。
においほど、味はひどくはない。焦げた味が本来のシチューの味を少し壊したのが残念ではあるが、塩がそこそこきいていてなかなか美味い。
「美味い……」
思わず漏らした言葉に、セラと老婆は同時に反応した。セラは顔面がトマトの如く真っ赤になり、老婆は大声で笑ったのである。
「セラ、よかったのお」
孫は何も答えず、台所に逃げて行った。
「え、え? 俺何か悪いこと言ったか?」
うろたえたアーネストを老婆は制した。
「逆じゃ、お前はいい事をしたんじゃぞ。ふぇふぇふぇふぇ。なに、セラのことはしばらくそっとしておくがいいわい」
いい事をしたと言われても、自分が何をしたのかアーネストにはさっぱり分からなかった。
「それより、そのシチューを食うたら、わしの作った酒でも飲まんか?」
「酒?」
「薬草をつけこんで作ったものじゃ。町の酒場のビールよりは美味いつもりじゃぞ」
「へー、そんなら一杯」
シチューをたいらげたアーネストが薬草酒に下鼓を打っている間、老婆は内心、
(よかったのお、セラ)
(おいしいって、言ってくれた……)
かまどの傍で、セラは真っ赤になって震えていた。一生懸命に料理の特訓をしてきた甲斐があった。それ以上に、「美味しい」と言ってもらえたことが、セラの中の不安を全て吹き飛ばしてしまった。
「ど、どうしよう……眠れるかな?」
セラは台所を飛び出し自分の部屋に飛び込んでしまった。
きっと今夜は眠れない……。