キューシュツ作戦?!



「キューシュツ作戦?」
「そう」
 目の前の依頼者・マギは強く言った。
「あたしの猫ちゃんを、キューシュツして!」

 今回の依頼は猫探し。ビビという名の猫を、キューシュツしてほしいというので、ヨランダはやってきたのだが、しかし、それはぬいぐるみの猫だった。
(ぬいぐるみくらい自分で探せばいいのに……)
 報酬はマギの小遣い百クレジットだった。十万単位あるいは百万単位で報酬を受け取っている《危険始末人》から見れば、自販機でおやつが買える程度なのだが、それでもマギにとっては大金だった。両親はそこそこの金持ちだが、金を出し渋っているので、一般の子供程度の小遣いしか持っていない。子供好きなアーネストならこの程度の報酬でも喜んで引き受けるはずと思いながら、ヨランダはしぶしぶぬいぐるみ探しを始めた。
 まずはマギに家を案内してもらう。ビビを最後に見たのが、彼女の部屋だった。ならば彼女の部屋を片付けさえすれば簡単にぬいぐるみが見つかるだろうと、ヨランダは踏んでいた。
 が、
「なにこれ……」
 ヨランダが案内されたのは、マギの部屋の一区画・玩具部屋だった。彼女の部屋はその隣にあるという。この部屋は一面玩具とぬいぐるみで埋め尽くされており、足の踏み場すらも見つかりそうにない。
「この部屋で、ビビを見たのが最後なの。だからこの部屋の中にあると思うの。だからキューシュツして! ママとパパのいないうちに。なくしたってバレたら困るの。パパとママは明日まで旅行中だから今のうちにビビを探しましょう」
 マギは別に驚きもしない。ヨランダにとってはこの数の玩具とぬいぐるみの数が驚きなのだが。
 ヨランダは、はー、と息を吐いた。
「まず、片付けましょう。でないとキューシュツは無理よ」

 三時間後。
 片付けを始めてから、やっと部屋の半分が何とか片付き始めたというところ。まだまだ玩具はたくさん床に散乱している。
「一体いくつ玩具とぬいぐるみがあるのよ?」
 ヨランダは等身大ほどもあるくまのぬいぐるみをやっと腕に抱える。マギは片づけを手伝いながら、誕生日のたびごとに、両親が、歳と同じ数の玩具を買ってくるからだとこともなげに言う。倍倍で増えるわけだわとヨランダはひとりごち、手当たり次第にぬいぐるみを玩具箱の中へ入れる。
「そういえば、聞いてなかったけど」
 兎のぬいぐるみを手にしたところで、ヨランダは聞いた。
「そのビビっていうぬいぐるみ、見かけはどんな猫? 黒猫?」
「ううん。真っ白で、目は青くて、抱くとニャーって鳴くの」
「大きさは?」
「その兎くらいの大きさ」
 兎のぬいぐるみを玩具箱へ入れた後、ヨランダは積み木を別の箱へと放りこんでいく。そして、いくつかのぬいぐるみを更に玩具箱へ放り込んだ。
 そうして更に一時間。やっとのことで部屋は片付いてくれた。
 しかし、ビビは見つからなかった。猫のぬいぐるみに注意して探していたヨランダは首を傾げるばかり。
「変ねえ。猫のぬいぐるみなんて、虎猫のしかなかったけど……」
 また探し直そうかとマギは、ぬいぐるみの入った玩具箱へ歩き出す。ふと、ヨランダは言った。
「ねえ、もしかして、ぬいぐるみが汚れてて洗濯したとか、あなたの部屋の中にあるとか、そういう事はない? 少し前のことは思い出せずにそれより前のことは思い出せるってことは、よくあるもの」
 マギは振り向いた。その顔に見る見るうちに驚愕が広がっていく。
「……あ! もしかして!」
 マギが走り出す。ヨランダは慌てて後を追う。
 廊下で、ちょうど午後のティータイムの準備を終えた執事が、茶菓子と紅茶の乗ったワゴンを運んでくるのに出逢う。マギは聞いた。
「ねえ、あの猫のぬいぐるみ、知らない? ほら、こないだ見せたでしょう。あの白いの」
「あの猫でございますか? あのぬいぐるみでしたら――」

「なあんだ」
 ヨランダは肩を落とした。
 猫のぬいぐるみは、だいぶほつれていたので執事が預かり、メイドがつくろっていたのである。そしてぬいぐるみは、マギとヨランダが探している間に、マギの部屋に戻されていた。玩具専用の部屋とマギの部屋とはつながっているが、通路に面した出口は違う。メイドは直接マギの部屋に入ったので、隣の部屋で片づけをしていた二人は気がつかなかったのだ。
「とにかく、猫はキューシュツされたわね。いろいろな意味で」
「ついでに、部屋も片付いたね」
 白猫のぬいぐるみを抱くマギ。猫のぬいぐるみは機械的な声でニャーと鳴いた。
「これじゃ、キューシュツじゃなくて、ホネオリゾンノクタビレモウケだけどね。これで百クレジットは安いわね」
「あ、それならお茶飲んでって。お小遣いは全額だすけど、お茶は高級品だから」
「じゃ、喜んで」
 休憩と報酬をかねてのティータイム。ヨランダは紅茶を一口飲んで、気に入ってしまった。
「いい香りのお茶ね。リーフ、少しいただいてもいいかしら?」
 ヨランダの言葉に、執事はぺこりと頭を下げる。マギはうなずいた。
「好きなの取ってって」
 執事の差し出す箱の中に、十種類ほどのリーフが入れられているが、どれも高級品だった。一般人にはとても手に入らないような。
「じゃ、これ、戴こうかしら。ありがとね」
 ヨランダはリーフ入りの缶を一つ取る。以前から欲しかったものだが、貴族間でも人気が高いため、なかなか手に入らなかったのだ。

 基地に戻ったヨランダは、マギから百クレジットをもらうのも忘れて、代わりに貰ってきた紅茶を、自室で密かに楽しんだ。
「やっぱり、もらって正解だったわね、ふふ」
 甘くて、それでいて落ち着きのある香りが、部屋に満ち溢れた。