囮はツライよ
《危険始末人》と呼ばれるそのグループは『子守から戦闘まで犯罪以外なら何でもこなす』ことをキャッチフレーズに、引き受けた依頼を確実にこなすことで有名である。総勢二十人ほどで、受けたい依頼は個人個人に任されるのだが、それでも任務達成率は百パーセントなのである。
あるとき、その《危険始末人》のもとへ、一通の依頼メールが舞い込んできた。
依頼の受付室で、先ほどプリントアウトされた依頼書を見ながら、《危険始末人》の一人であるスペーサーはうなっていた。
「なに悩んでるの」
同じく《危険始末人》の一人であるヨランダが、デスクでうなっている彼の背後に回りこむ。彼は、肩越しに依頼書を彼女に突き出した。
ヨランダは依頼書を読んでみた。内容はペットの捕獲。報酬は三十万クレジット。中古の小型宇宙艇を一隻買える、破格の額である。
「ペットの捕獲だけでこんなにお金もらえるなら、引き受けたらいいじゃないの」
「依頼の内容に反して報酬が高すぎる。これだけの金を出して捕まえて欲しいペットというのには碌なのがいないからな」
スペーサーが苦い顔で返答したとき、アーネストが部屋に入ってきた。
「おーい、何ぐずぐずしてんだよ、さっさと行くぞ」
「は？ 行くって、どこへ？」
聞き返すスペーサーに、アーネストは、わかりきったことを聞くなと言いたそうな顔で返答する。
「決まってんだろ、その紙の依頼主んとこだよ。なんたって俺の宇宙艇を改装できるくらいの報酬がもらえんだ、引き受けないと損だろ。つーか、もう引き受けちまったんだけど」
依頼主は、地球外惑星でもよく知られた、地球の裕福層の一人娘だった。まだ十歳ごろと思しい。自分のペットが逃げ出してしまったから、自分の小遣いを全部報酬にして《危険始末人》に依頼して、両親に内緒で捕まえてもらおうとしたのである。
「で、その捕まえて欲しいペットって、どんなの？」
アーネストに半ば無理やりつれてこられた、ヨランダは、幼い依頼主に問うた。少女はシルクのリボンでまとめた髪をいじりながら、小さく言った。
「……雌のアリクゲーターなの」
その動物の名前に、スペーサーはぎょっとした。
「ありくげ？ 何だそれ？」
アーネストが問う。スペーサーは焦ったような表情を崩さぬまま、簡潔に説明する。地球外銀河の惑星に生息する肉食動物であり、外見はワニに似る。だがその獰猛さと食欲はワニの比ではない。体格は三倍、食欲も三倍。一度怒らせるとあたり構わず食いちぎり、暴れるので、手に負えないことで有名な動物である。
標的は庭のどこかへ逃げたらしいのだが、広すぎて、執事やメイドだけではとても探せないと言う。
「全く、アリクゲーターなんぞを飼うか、普通。食われる奴も多いというのに」
スペーサーはぼやきながら、麻酔銃の弾に専用の麻酔薬を注入する。あれから動物図鑑を首っ引きで調べ、どんな麻酔なら標的に効果があるか調べ上げた。それに、彼は狙撃の腕には自信があった。
「金持ちの興味本位って奴じゃないの」
ヨランダはテラスに備え付けられたリフトで、上から庭を見下ろす。庭というよりも草原に近い広さと生い茂る木々。これでは、爬虫類一匹探すのはかなり困難だろう。
彼女の胸のポケットから無線通信機が振動する。取り出して、通話状態にする。
が、聞こえてきたのはかなりヒステリックな声である。
「なんで俺がワニをおびき出すおとりにされなきゃならねーんだよ！」
「ちょうどアリクゲーターは発情期なんだって。だからオスを求めて歩くそうよ」
「俺はワニなんかに好かれたくねえよ！ 間違って俺が食い殺されたらどうするつもり――」
「だって、この仕事はあんたが引き受けたんでしょ。だからあんたにやってもらうの。大丈夫、あんたがかじられたとしてもそう簡単に死にはしないわよ。それに、死んだら死んだで、お線香くらいあげるから」
声の裏返っているアーネストに同情せず、ヨランダは通信を切った。
通信を切られてしまい、アーネストは歯噛みした。
「くそ〜、あいつら覚えてやがれ！」
彼は庭の林の中にいた。服の袖に、依頼主から渡されたアリクゲーターの雄の臭気を発する臭気バンドをつけて。人間には匂わないのだが、アリクゲーターは嗅ぎつけるらしい。
「食い殺されでもしたら、化けて出てやるからな！」
近くの茂みから、彼を窺う者がいる。そして、かすかだが、グルル、とうなる声。アーネストは気づかず、林の木に向かって愚痴をこぼしている。
茂みの動く音。
アーネストが振り向くと同時に、無数の牙がギラリと太陽の光を反射し、彼に襲い掛かってきた。
「動いたわ！」
三キロ先の距離まで見える遠距離用のスコープを覗いていたヨランダは、声を上げた。
「やれやれ、やっとか」
スペーサーは麻酔銃の撃鉄を下ろして、手すりに銃を固定する。長距離用の銃であるため銃身が長いせいだ。射撃用スコープを覗いてみると、確かに標的はいたが、激しく動き回っている。
「もっとゆっくり走ってくれ！ 撃てないだろうが！」
「何で俺がこんな目に遭わなきゃならねんだよーっ！」
アーネストは必死で逃げ回りながら叫んだ。ゆっくり走るどころではない！
彼は、自身の身長の倍以上もある大きさのアリクゲーターに追いかけられていた。這いずってはいたが、爬虫類とは思えぬスピードである。アーネストは、自分の腕につけている臭気バンドのことをすっかり忘れて、ひたすら林の中を逃げ回っていた。
「あっ、そうか、このバンド……」
やっと思い出し、彼はそれを素早く外して、後ろへ放った。アリクゲーターの、ギャッという鳴き声が聞こえ、草木をバキバキ倒す音が途端にゆっくりしたものに変わる。さてはバンドを追いかけたかと思い、振り向いてみる。
アリクゲーターは、バンドを口にくわえたまま、しばらくそれを噛んでいたかと思うと、アーネストの方をみて、また追いかけ始めた！
「何でだよーっ！」
恐怖の鬼ごっこが再開され、十分も走ったろうか、アーネストはとうとう、高いフェンスの壁、つまり行き止まりにまで追い詰められてしまった。アリクゲーターはアーネストを、確実にじりじりと追い詰めていく。そして両者の距離が後一メートル程に縮まった途端、アリクゲーターは勝利の鳴き声をあげ、後ろ足で仁王立ちになった！
ヒュッ！
遠くから何かが飛来し、アリクゲーターの腹に突き刺さった。アリクゲーターは苦痛の鳴き声を漏らし、続いて、身体を痙攣させてその場に倒れた。
麻酔弾だった。
その後、アリクゲーターをなんとか捕まえることが出来た。《危険始末人》には報酬が支払われたが、アーネストをねぎらって、何割か上乗せされた。これでワニともおさらばできると、アーネストはほっとしていたのだが、どうもそうはいかないようだった。
仕事から数日後、同じ依頼者からまた依頼が届いたのだ。
飼っているアリクゲーターが見合いの相手にそっぽを向き、アーネストを恋しがっている、発情期が終わる明後日まで一緒に暮らして欲しい。
子供の頼みには断りきれない性質のアーネストであった。
彼が出かけてから数日間。行った先の豪邸の庭では、爬虫類が高速で這いずって移動する音と、その爬虫類に追われる者の必死で逃げる足音とヒステリックな叫び声が始終聞こえていたという。
「ワニなんか、大っ嫌いだぁーっ！」