セラの依頼



「さて、今回の情報収集は日課についての調査ね」
 町の果物店横にある小さな休憩所にて、ヨランダは、セラに言った。
「プライベートな情報は、集めるのに時間がかかるの。こういう情報は、身近にいる人物から収集するのが手っ取り早いの。でも、あるていどスジやコネも要るんだけどね。個人的なことを聞くんだから、怪しまれないように、ある程度相手とは親密な仲になっておくのよ。たとえばあるお金持ちの情報を得たいんだったら、メイドや執事と近づきになっておくの。その人の個人的なつきあいとか、昔の笑い話とか、色々教えてくれるものよ。彼らは覗き見するのが大好きなんだから」
「そうなんだ〜」
「まーね。シーフにとって、情報の価値は非常に高いものなのよ」
 ヨランダは鼻高々。セラは一方でおどおどしている。
「でも、個人的なことなんてどうやって聞いたらいいの?」
「それよりも明日は、彼にはりついて情報収集よ。一日の行動パターンを知るのも大事! プライベートな情報は、あなたの成果レポートから、何を調べるか一緒に考えましょう。がんばってね」

 戦士ギルドが開くと、セラはどきどきしながら中に入った。ヨランダに「一日中張り付いて情報収集をしなさい」といわれたものの、戦士ギルドの奥へ入っていくのは気が引ける。そのため、何でもいいから用事を頼んで一緒にいてもらうことにしたのだった。その用事を考え付くのに一晩かけてしまったが。
 入ってきたセラを、髪に白いものが混じった受付が見つけた。
「おや、早いね、お嬢さん」
「お、おはようございます……」
 セラは固くなった。
「あ、あの、えっと……」
「あーあー、あいつを呼ぶから、ちょっと待ってなさい」
 受付がベルを何度か鳴らす。十秒ほど経って、
「呼んだか?」
 受付奥のドアが乱暴に開けられ、アーネストが顔を出した。受付は意味ありげにセラに笑ってみせた。セラは思わず頬を赤く染めた。
「で、用事は何だね、お嬢さん」
 受付の言葉で、アーネストは初めてセラに目を留めた。受付の陰に隠れる場所に彼女が立っていたため、見えなかったのだ。彼の肩に乗っている幽霊の少女は、セラを見つけて頬を膨らませた。

 セラの考えた用事は、薬草畑を荒らす動物を退治してもらうことだった。実際、芽を出したばかりのマンドラゴラが食われる事が多いので、毎度対策には苦労している。種まきから収穫までの長期間ずっと結界を張り続けるのは力の消耗が激しいので、柵を作っておくしかない。しかし最近その柵ですらぶち破られるようになったのだった。
「昼間でも動物がやってきて、畑を荒らすの」
 セラはちょっと聞き取りにくい小さな声で言った。アーネストはその後ろを歩きながら、いつも以上に肩が重く感じるのを不思議に思っていた。町外れの彼女の家に着くと、彼女の祖母が出迎える。またアーネストを見て意味ありげに笑う。が、アーネストにはその笑いの意味が分からない。
「ひっひっひ。よう来たのお。聞いたぞ、裏の畑の動物退治をしてくれるんじゃとな?」
「ああ、そのために来たんだ。なんか可笑しいか?」
「いんや別に。ひっひっひ。ま、仕事の前に、腹ごしらえでもしておくれ」
 まだ昼飯には少し早かったが、アーネストは遠慮なく食べた。セラも祖母と一緒に食べながら、ちらちらとアーネストの食べ方を観察した。テーブルマナーは上品とはとても言えないが、好き嫌いの無い大食漢。固パンと薬草入りのシチューを三人前、ぺろりと平らげてしまった。
 食後、裏の畑を回る。細い板を縄でつないだだけの粗末な柵ができている。これでイノシシから畑を守れるはずが無い。話を聞くと、昨夜のうちに動物に壊されたので、明日大工に来てもらう予定なのだとか。
「で、どんな動物が出るんだ? イノシシか? クマか?」
 彼が聞いたところで、畑の奥に見える茂みがガサガサ揺れた。
『なにか、くるよ』
 彼の肩に乗った幽霊の少女が、ささやいた。言われるまでもない。アーネストは背中の鞘から長剣を抜いた。セラはおびえて、アーネストの後ろに隠れた。
 ガサッと音を立てて、それは姿を現した。オオカミの姿をした、昼型行動の魔物。呪術師の老婆は、魔物を見てすっとんきょうな声を上げた。
「ありゃ、マンドラゴラを食い荒らす魔物じゃな!」
 魔物は、遠慮なく柵をぶち破った。畑にアーネストがいることなど全く気にも留めていないで、マンドラゴラの植えられた畑に入り込む。他の薬草には見向きもしない。食わせてたまるかと、アーネストは魔物に向かって駆け出す。初めて魔物はアーネストを意識した。牙をむき、うなり声を上げる。その口から垂れる涎は、マンドラゴラの芽に落ちると、芽をあっというまに枯らしてしまった。
 魔物がアーネストに飛びかかった。アーネストは、長剣を下から振り上げ、魔物を剣に引っ掛けて投げ飛ばす。地面に叩きつけられる寸前で体勢を立て直した魔物は、着地と同時に今度はセラを狙って飛び掛った。
「!」
 セラは自分が狙われていると分かったが、恐怖で動けなくなり、尻餅をついてしまった。魔物は一跳びで彼女との距離を詰め、もう一跳びで彼女の頭にその牙を立てようとした。
 何かが勢いよく風を切った。
 勢いよく魔物の胴が真っ二つに両断された。勢いよく風を切ってきた何かは、威勢のいい音を立てて、畑の土にドスリと突き刺さった。血まみれの長剣。
「か、間一髪……」
 長剣を投げつけたアーネストは、フウと息をはいた。が、すぐに畑を横切り、セラの両肩を掴んだ。
「大丈夫か?!」
 尻餅をついたままのセラは少し青ざめていたが、やがて、小さくうなずいた。アーネストはほっと息を吐いた。
「良かった……。怖い思いさせて悪かった、最初の一撃で仕留め損なっちまった――」
 怪我が無いかとアーネストに見つめられ、セラはぽっと頬を赤く染めた。幽霊の少女はぷくっと頬を膨らませた。
「ん? 顔赤いぜ。熱でもあるのか?」
 アーネストがセラの額に手を当てると、セラの体温が本当に上がってしまった。
「熱いな。おい、ばーさん! この子熱あるみてえだぞ! なんか薬ねーのかー?」
「心配いらんわい、若造。ひっひっひ、しばらく経てばおさまるもんじゃからな」
 呪術師の老婆は、遠くから意味ありげに笑った。が、やはりアーネストはその笑いの意味が分からないままだった。
 セラの熱は、アーネストがギルドへ帰ってしまうまで、下がる事はなかった。

 後日。果物屋の裏にある店で、ヨランダはセラの報告を聞いた。
「うーん。仕事の後の情報が欠けちゃってるわねえ。でも、ギルドに戻ったら夕飯で、その後は酒場に行くなりなんなりしてるし、まあいいわ。初めての情報収集でこれだけ集められるだけ上出来よ。じゃ、次回の情報収集の内容を決めてしまいましょ。まずはね――」
 セラはフルーツジュースを飲みながら、彼女の言葉を半ば上の空で聴いていた。アーネストに怪我が無いかと見つめられた時のことを思い出していたのだから。あのルビーのように赤い瞳がセラの瞳と合った瞬間――思い出すだけで、体の芯から熱くなってしまった。
「と、いうわけよ。じゃ、項目は全部アタシが書き出しておくから、何か欠けてるものがあるか確認してみましょう」
 ヨランダの言葉で、やっとセラは我にかえった。そして、ヨランダが何の話をしていたのかを思い出そうと努めた。が、話を半分も聞いていなかったので、思い出せなかった。
「あ、あの――」
 セラは小さな声で言った。
「も、もういっかい、説明してほしいの……よく聞いてなくて」
「あらそう? まあいいわ。恋する乙女ならではの現象よね〜。上の空だったんでしょう」
 ヨランダは嫌な顔ひとつせず、また最初からプライベートな情報収集に必要なことを説明した。セラは今度こそまじめに聞いた。そして彼女と別れた後、セラは町外れの自宅へ向かって歩き出した。途中、戦士ギルドの傍を通ったが、彼女は中に入らずそのまま通り過ぎた。その頬は、また赤くなっていた。