史上最大の遺失物



 スペーサーは、あいた口がふさがらなかった。
「そ、そんな重要なものを、『紛失』した……?」
 目の前の依頼者・地球の第二衛星シンダの軍事基地の少将は、渋い顔で頷いた。その額に汗すら浮かばせて。
「そうなんじゃ」

 史上最大の遺失物。
 依頼主は言った。
 そしてその依頼の内容は、『軍事基地の、超電導ミサイル制御装置のパスワードを探して欲しい』というもの。
 少将の地位についている軍人が、そんな重要なものを『紛失』したというのだから、遺失物探索専門のスペーサーが驚き呆れ返ったのも無理は無い。
「あのミサイルには、小型の惑星一つが楽に消し飛ぶ威力があるんじゃ。それくらいはわかっているはず」
「それはもちろん……」
「だから、遅くとも今日の夕方までに、探しだして欲しい! 明日の朝一番に、地球から整備員が来るんじゃ! 部下はまだ何も知らんし、他の者にも漏らしてはいない。報酬はいくらでもやるから、頼む!」

(まったく、あれが『紛失』のレベルか?)
 スペーサーは、通された部屋で溜息をついた。機械だらけ。この部屋でパスワード管理をしていたという。無くなったのは昨夜。気づいたのは今朝六時。今の時刻は午前十時。
(これが世に知れたら除隊では済まされないだろうな。国家機密レベルのパスワードを『紛失』ときたものだから。脅すネタとしてはちょうどいいがな)
 遺失物探索の必要から個人情報を集める事も多いスペーサーは、個人情報をただの道具としか考えない。そのため、依頼に偽りがあった場合などはその個人情報を外部の知人――とスペーサーは言っている――に広めている。制裁のつもりなのだ。情報を漏らされた相手がどうなろうと彼の知った事ではない。情報の有効活用としか考えていないのだから。そして情報を漏らされた相手は誰であれ、様々な面で致命的な打撃を受ける。中には昔のギャング仕事が表ざたにされて、永久追放にされた依頼人すらいるのだ。《危険始末人》の中でも、彼はある種の危険人物扱いされている。敵に回すと何をされるかわからない、と。
 スペーサーは、依頼主に昨夜の行動を聞き、まとめた。
 地球時間の夕方六時、部屋を出る前にパスワードの確認をした。その時はちゃんとデータに入っていた。夕方七時、カードで部屋を施錠して基地から出た。その後、行き着けの店で夕食を取り、帰宅した。翌朝いちばんに確認をしてみると、データの中にパスワードがなかった。すっからかんだというのだ。
「うーん」
 スペーサーはうなった。
(パスワード用の機械にハッキングされた形跡はない。ウイルスに感染しているわけではない。データのデリートもされていない。ログなどを調べる限り、異常は何も見付からなかった。通常通り動いている)
 ふと彼は、この基地のパスワードをどんな形で管理しているのか、思い出した。当然の事だが、パスワードはそれ自体が最重要機密の情報だ。絶対にもれてはならないため、軍の関係する機械は全て、ワンタイムパスワード制を採用している。一度ログインするごとに、新しいパスワードを要求するのだ。
(ワンタイムパスワード制なら、なくすということはありえないと思うんだが)
 どうもおかしい。
 聞きたいことがあり、依頼主の元へ行く。ログインのたびに要求されるパスワードはどこから発行される仕組みなのか、と聞いてみた。依頼主は青ざめて言うのを渋ったが、言わないとパスワードの在り処は分からないと脅しをかけると、しぶしぶ話した。
「じ、実はな、そのパスワードは――」

 スペーサーは、またしても、あいた口がふさがらなかった。
 ミサイル制御装置のパスワードが紛失したというのは嘘だった。実際は、制御装置にログインするためのワンタイムパスワードの発行にも、あるパスワードが必要なのだが、その発行用のパスワードを忘れてしまったのだという。しかも、パスワードを管理しているのは大将、上官なのだ。少将の位についていながら忘れましたと言って聞きにいくのも恥ずかしい上、何かの処罰もあるかもしれない。そのため、《危険始末人》に、パスワードを見つけ出してもらおうとしたのだ。だが下手にハッキングされてミサイル発射方法の機密情報を漏らすわけには行かないので、嘘の依頼を出したわけだ。
 結局、独自のハッキング方法でワンタイムパスワード発行に必要なパスワードを安全に見つけたものの、スペーサーの機嫌は悪かった。依頼に偽りがあることを、彼は何より嫌っているからだ。余計な作業を増やしたくないのと、依頼の達成に見合う報酬が釣り合わないという個人的な点から。
 口止め料として、本来の報酬の二倍を振り込んでもらったものの、本来の作業より手数を増やさなければならなくなったことから、数日間、彼の機嫌は晴れないままだった。