最新式と懐古



「地球側が本腰入れてくれたおかげで、このステーションも大幅に作り変えられて、いろいろと仕事のやり方が変わったけど」
 ヨランダは目の前のモニターを見つめる。
「ぜーんぶ最新式になっちゃって、なかなか慣れないなあ。まあ、今までの紙の処理に比べればずっと保管が楽よね。データ消えたらおしまいだけど」
 モニターもキーボードもすっかり一新。部屋の隅に置かれた機械の電源を入れると、作業者の目の前に必要な道具全てが一瞬で現れるのだが、これらは立体映像だ。しかしただの映像ではなく、触れることが出来、データ検索や入力、通信など一通り必要な作業ができる。
 セカンド・ギャラクシーは地球本部から最新の機器を大量に送られたおかげで、管理課は整備ロボットたちと共に日夜ステーション内を駆け回って設備を整えるのに忙しかった。彼らの頑張りのおかげで設備はほぼ一新されたが、居住者がそれについていくのはなかなか大変なことだった。手作業が多くて繁雑な仕事が一気に減ったのは嬉しいが、今度はその仕事に合った保管の仕方やメンテナンスのやりかたなど、覚えるべきことが増えたのだし。
「紙の処理なんて時代遅れもホドがあるってわかってはいるんだけど」
 ヨランダは、新設備に慣れない者のひとりであった。
「紙つかってたころの癖が全然抜けないわね。気がついたらコピー用の紙や、紙をたっぷり挟んだファイルを探してるし」
 彼女の机の上は、かつて紙や万年筆などが散乱していた。だが今はそれらがすべて取り払われ、立体映像のモニターとタッチパネルが浮かんでいるだけだ。
「シュレッダーも書棚もなくなって、ずいぶんと広くなったわね、この事務室。そのうち机さえも取り払われて、椅子だけになっちゃったりしてね?」
 もちろん利点はたくさんあるのだ。このシステムでなら、停電にさえならなければ(もっとも、非常用発電機の電気も含めてそれの供給が完全に断たれた時点でステーションの生命線は断たれるといっても過言ではないが)、機材や保管箱などで余計なスペースを割かれることも無く、事務室を広く使うことが出来る。それだけはヨランダにとってとても嬉しいことだった。何かにけつまずくこともなければ、宇宙ゴキブリが機材の隙間からはいでてくることも無いのだから。
「うーん。便利なのは認めるけど、全部一気に変わっちゃうとねえ」
 繁雑な手続きと散らかった事務室を、なぜだか彼女は懐かしんでいた。

 しかし、設備が最新になったからといって、全く不具合がでないわけではない。最新設備が導入されてから、ステーションの地球時間でわずか四十八時間の経過後、管理課はやはり日夜ロボットと共にステーション内を走り回っていた。
「今までの古い設備に慣れちまうと、結構とまどうもんだよなあ。これはどうやるんだったか……」
 事務室の機械に異常が発生したという知らせで、アーネストが管理課からすっ飛んできた、はいいのだが、彼はさっそく修理の仕方を忘れてしまった模様。
「人間は忘れっぽいからなあ、オマエの脳みそなら尚更だよ」
 整備ロボットがケラケラ笑うのを、機械のふたをあけて中を覗きこむアーネストは振り返って怒鳴った。
「うるせえ! そのテカテカしたコーティング剥がしとってサビだらけにしてやる!」
「おう、やってみな。やれたとしても、オマエの寿命が尽きた頃じゃないとサビだらけにはならんけどな!」
 かたや怒鳴ってかたや笑って。そのかけあいが悪化する前に、ヨランダから一喝が入った。
「あと二時間以内に仕事片付けなくちゃいけないんだから、無駄なおしゃべりしてないでさっさと修理しなさいよ! データの提出に遅れたら管理課のせいにしちゃうけどいいの?」
「わかったわかった。ったく、あの藪医者と同じこと言ってら。おい、まずは『中身』がヘンなのかどうかだけ確認してくれ。そっちは俺の専門じゃねえから」
「アイヨ」
 整備ロボットが機械に自身を接続してデータを確認したところ、結局、機械に内蔵されているシステムデータが一部破損していたので、整備ロボットは修復プログラムを機械のプログラムに継ぎ足した。おかげで機械は元通り動き出し、ヨランダは歓喜。
「やっと動いた! ありがと、じゃさっそく仕事の続きしなくちゃ」
 そして彼女は仕事の続きに取り掛かるが、
「……何やってんだ、お前」
 修理道具入れを担ぎ上げた、怪訝な顔をしたアーネストの言葉で、ヨランダは我に返った。彼女の手は、ペンを探して机の上をうろうろしているではないか。もうペンを使うことなどないというのに。
「や、やあねえ。まだこの仕様変更に慣れてないみたい……」
「ふーん。人間はしょうがないよなあ、経験から得た記憶や神経のプログラム通りに動いちまうんだから」
 自身の角ばった顎を指先でなでながら整備ロボットが言うのを、アーネストはにらみつけた。
「プログラムどおりに動くのはお前も一緒だろ!」
「そいつは否定せんよ。そんなことより」
 整備ロボットの胸部にとりつけてある小さなライトが光り、アーネストの修理道具入れからピピピとコール音が響いた。
「呼ばれてんぜ。というか、なんで受信機を修理道具ん中に入れてんだい。ズボンのベルトにくくりつけとくもんだろうに」
「普通に聞いてたらうるさいからに決まってるだろ。とにかく行くぞ!」
 ふたりそろって慌ただしく事務室を去ると、だだっぴろい事務室は静かになった。他の事務員たちは喫緊の要事で部屋を離れているので、現在はヨランダひとりきり。彼女は、改めて仕事を再開した。
 ところが、仕事の途中で彼女の手や視線は立体映像のモニターから離れて別のところをさまよった。それに気付くたび、彼女は手を引っ込め、モニターを正視した。
 それでも期限の三十分前に仕事が片付くと、彼女はほっと安堵の息をはいた。
「無事に終わってよかったあ」
 そのころには、ぽつぽつと他の事務員たちが戻ってきたので、ヨランダは休憩をとろうと彼らと入れ違いに事務室を出た。
「ホント疲れたわあ。新しい設備に慣れるにはまだまだ時間がかかりそう」
 喫茶店で一息つきながら、さっきまで取り組んでいた仕事を回想する。全てがデータで完全に管理される。書き損じだけでなく印刷ミスによる紙の無駄遣いもいっさいなくなったが、ヨランダは、あれほど文句を言っていたかつての繁雑な手作業を懐かしく思っていた。
「でも、懐かしんでばかりもいられないのよね。地球の本部だとこの完全データ化作業はとっくの昔に当たり前のようにやっていることなんだし、アタシも早く慣れてしまわないと! 時代遅れの仕事はもう終わり!」
 過去を懐かしんでも、もう時は戻ってこないのだから仕方のないこと。そんなことより一時間でも早く新しい作業に慣れなくてはならない。ヨランダは心に決めて、良い香りの紅茶を飲んだ。
 喫茶店の窓越しに伸びる廊下を、管理課の者たちが相棒の整備ロボットと共に走り回るのを見ながら……。