急患



 いつもどおり、医務室でカルテの整理をしているスペーサーの元へ、急患が運ばれてきた。見れば、管理課の者が数名。防護壁の整備中に、なぜか小爆発がおきたというのだ。急患はいずれも上半身に火傷を負い、顔は特に機械の小部品などがささっている。
「診た所、目に別状はなし、と」
 医療機械にかけたあと、スペーサーはアシスタントロボットを呼び、至急の手術をさせるべく、指示をする。
「顔面に刺さった金属片の撤去、火傷に対しては専用の治療薬複数だな」
 てきぱきと機械に指示を与えると、アシスタントロボットは命じられるまま、薬を運んでくる。医療機械は直ちに手術台に変化し、医療室の奥にある手術室まで患者を運ぶ。
「ところで」
 スペーサーは、機械の制御をしながら、振り返ることなく、戸口に向かって言った。
「何の用だ? こちらは今現在、取り込み中だ」
 戸口に立っているらしい誰かは、つかつかと医務室に入り、いきなりスペーサーの肩を強く引っつかむ。
「何だ」
 スペーサーが振り返る。
「今忙しいとさっきから――」
 途端に顔面をひどく殴られる。殴打の衝撃で、彼は機械にぶつかるはめになった。
「……何だ一体!」
 身を起こし、殴られて痛む頬を押さえ、スペーサーは怒鳴った。
 そこにいたのは、アーネストだった。
「てめえ、薮医者! お前わかってんのか!」
「ひとを殴ったうえで詰問か。何様のつもりだ、貴様」
「お前の傲慢さにはヘドが出る!」
 アーネストは乱暴に相手の胸倉を引っつかむ。
「目に別状がなくったって、手が使えなけりゃ、管理課は困るんだよ! エネルギーパイプが爆発するなんて考えもしなかったけど、手が使えねえと修理も改造もできないからな! だから――」
「だからすぐに手術をするつもりだ。早とちりもいい加減にしろ! さっさと仕事に戻れ! それとも、一緒に手術室へ放り込んでその生意気な口を利けなくしてやろうか!?」
 スペーサーは無理に振りほどく。その際、白衣が少し皺がよってしまったが、今はそれどころではない。
 医務室から別室へ入る。同時に、アーネストが入れないようにドアをロックする。ここは手術用の機械を操作するための部屋だが、機械だけではどうしようもなくなった場合、彼自身が執刀を行う。性格は悪いが、医師としての腕は良いのだ。
「さて、余計な時間を使ってしまったな。さっさと始めるか」

 機械たちが患者の体に薬を塗りこみ、体に刺さった金属片をピンセットでつまみ出す。作業は三十分ほどで終了した。包帯を巻き、軟膏をつけ、手当は完了する。ただし、顔をひどくやられているため、しばらくは包帯に覆われた目を開けることは出来ないだろう。
 患者を乗せて手術室から出てきた機械と、隣の別室から出てきたスペーサーを見て、まだいたのか、あるいはまた戻ってきたのかアーネストが寄ってくる。しかもちょうど休憩の最中だったらしい他の管理課の者までいた。
「で、どうなんだよ薮医者」
 スペーサーを堂々と薮医者呼ばわりするのは、管理課の中ではアーネスト一人だけ。他の者は使わない。この医者を怒らせると、仕返しとして何をされるか分からないからだ。
 スペーサーは、しつこい奴だと口の中で呟いたが、声に出して言った。
「数日間は、作業は無理だ。顔の火傷がひどいからな。それに、体に刺さった金属片の傷のいくつかが深い。ある程度回復するまでは、しばらく重労働は無理だ」
 そして、続ける。
「爆発がどうとか言っていたが、その爆発の原因は何なんだ? 爆発するとは思わなかったと、どこぞの間抜けが言っていたようだがな?」
 ストレートな毒舌に、アーネストは歯軋りする。アーネストが拳を振り上げる前にと、慌てて管理課の一人が答える。
「爆発の原因は倉庫区画のエネルギーの過剰供給だ。どうもエネルギーパイプの一部が古くなっていたらしくて――」
「そのパイプの取替えを申請しなかったのか?」
「申請にはまだ早いと思ったから」
「それが管理課の奴の台詞か。開発途中のステーションで一つ騒ぎが起きれば、一体どうなるか、一番よく知っているのは管理課のはずだ。ステーションの心臓部である動力炉でもやられてみろ、ステーションは一瞬で宇宙のスクラップになりかねん。それが今回は使われていない倉庫区間での小爆発で済んだからよかったものの、一歩間違えば大惨事だ。責任を誰が負うのかと問われれば間違いなく、管理課だ! わかっているのか?!」
 正確な指摘に、管理課の面々はうなだれるばかりだった。

 数日後、ステーション内部の総点検が行われ、古くなっている部品は全て交換された。それに伴い、様々な場所での整備が行われた。開発途中のステーションであるのと、最新の部品が頻繁に手に入らないのとで、部品交換が行われる時はもう本当にその部品が使えなくなる寸前だった。
 一方、医務室で安静にしている管理課の面々は、そろそろ具合も良くなり始めた。が、診察する側があの性格なのだ、うかつに機嫌を損ねると――大体いつ見ても機嫌が悪いが――どんな目にあわされるか分かったものではない。そのため、愚痴が聞こえないように注意して小声で話し合っていた。
 それでも回復した管理課の面々は、スペーサーから許可をもらい、逃げるように走っていってしまった。よほど安静の生活が嫌だったと見える。それでもしばらくは、火傷の薬を塗りに、医務室へこなければならないのだが。
 アシスタントロボットが、患者達の寝ていたベッドの片づけを開始する。
 デスクで火傷用の薬をまとめ、作業を再開するスペーサー。医師の業務もそれなりに忙しいのである。カルテをまとめ、地球本部へ送付して一括管理してもらわなくてはならない。入院患者など来なければいいというのが、彼の本音だった。もちろん医師としてステーションに配属されているのだから、入院が必要なほどの重症や病気の患者が来ることは想定の範囲内。それでも、いつもこなす仕事が必要以上に増えるのは嫌いだった。
「当分、管理課の連中は来ないだろうな。その方が、気が楽だ」
 アーネストに殴られた頬をさすり、スペーサーはぶつぶつ言った。もう痛みはひいていたが、それでも殴られたことに対する屈辱感だけは、晴れないままだった。