カウンセリング室



 医務室の隣に作られている、小さな休憩室。
「喫煙の回数が増えたな」
 灰皿に、フィルターぎりぎりまで吸った煙草を押し付けて火を消し、スペーサーはつぶやいた。
「さて、仕事仕事」
 面倒くさそうに椅子から立ち上がり、消臭用のスプレーを軽く辺りにふきつけてから、彼は医務室へ戻る。いつもの、大嫌いな診察の時間だ。

「なんだか体調悪いのよねえ」
 ヨランダは、不機嫌な顔で言った。
「最近、本部から色々データが送られてくるんだけど、寝る暇がないくらい、処理で忙しくなっちゃって。ごはんはそんなに食べてないから、ちょっとやせたのが救いだけど、それからあ」
「もはや医療よりカウンセリングの域だろう、それは」
 ヨランダが次々吐き出す言葉をさえぎり、スペーサーはつぶやくように言った。
「栄養状態が悪いのは良くないが、このステーションにもカウンセラーを導入すべきだろうな、いい加減」
 たまに医務室がカウンセリング室がわりにされる。しかし、この医者は、患者の無駄話に耳を傾けるような「心の広い」男ではない。愚痴ばかりこぼす患者はさっさと怪我だけ治して叩きだしてしまうのだ。
「栄養状態だけ診るから、カウンセリング希望ならほかを当たってくれ。ここは医務室であって、カウンセリング室ではないんだ」
「つめたいわね」
「精神医学に関しては、私は完全な門外漢だからな。カウンセリングしてほしければ、本部に要請して、それ専門のメンバーを派遣してもらえばいいだけの話」
 検査の末、少し栄養状態に偏りがあったので、ヨランダに栄養剤を渡して、追い出す。
 カウンセラーの派遣。
 そうだ、確かにそれは必要だろう。狭いステーションでの生活と、様々な星人との間で起こるトラブルは、なかなかストレスをためやすい。このステーションを管理する住人の半数は地球人とはいえ……。
「ふむ。カウンセラーか」
 スペーサーはデスク脇の通信用コンピューターを引き寄せ、申請書を作り始めた。

 このセカンド・ギャラクシーの上層部から地球本部へ、申請書が届く。内容は、「セカンド・ギャラクシーに、勤務医の補助として、カウンセラーを派遣してほしい」というもの。開発途中のステーションでは、既に完成している第一ステーションと違い、設備や人員の配置に時間がいる上、もめ事も起きやすく、不満もたまる。住人たちの不満を減らすため、今すぐにでも、カウンセラーは必要なのだ。
 本部は、おおげさに書かれた申請書を見ながら、のんびりと会議をすすめた。セカンド・ギャラクシーが突如崩壊の危機に陥るような時でなければ、迅速に行われることのない会議は、いつも通り、のんびりと、ティータイムでもすごすかのように、なごやかにすすんでいった。

 申請書がステーションから地球の本部に送られ、それから地球時間で一週間が経過した。
 地球からの渡航便が、ステーションに入り、格納される。船体を固定し、入り口が開かれると、どやどやと人が中から降りてくる。その中に、のりのきいた白衣に身を包んだ、ひと組の男女がいた。
 医務室に訪問者が来た。白衣を着た男女は、医務室でカルテの整理をしている勤務医を見て、声をかけた。
「あなたが、このステーションの勤務医ですね」
「地球の本部より派遣されました、カウンセラーです。どうぞよろしくお願いします」
 男・ユジスの年齢は三十歳前後、ガタイがよく、声も野太い。正面に立たれると威圧感を覚える。女・エンナは男と同じぐらいの年齢で、美人ではあるが、体がほっそりしすぎて頼りない印象を受ける。
「こちらこそ、どうも」
 スペーサーはとりあえず挨拶を返した。そして、
「おふたり用の部屋は、あちらに」
 医務室の向かいにある、カウンセリング室としてととのえられた部屋へ案内した。
 これで、医務室がカウンセリング室になる頻度がゼロになってくれればいいのだが。スペーサーは、案内された室内へ入っていったカウンセラーたちの背中を見、思った。

 地球時間で数時間後、カウンセリング室が新たに設けられたという通知が、ステーションを一気に駆けまわった。