雪のある日



「うう、寒い」
「何をぬかしおる、小娘! お前はわしよりも遥かに若いんじゃ、このくらい寒がってどうする!」
「そんなこと言われたって寒いものは寒いんだもん!」
 いつものように、料理の修行のために、町はずれの呪術師の家に飛び込んだヨランダは、防寒用のマントから雪を払って身を震わせた。室内の大きな暖炉には火がたかれているので、暖かい。それだけが唯一の救いだ。
「結構雪が積もってるのよ、マント羽織っていても寒くて仕方ないもん」
「根性無しじゃのう、まったく」
 暖炉の傍で編み物をしていた呪術師の老婆は、首をふった。
「さあ、それよりも、体をあっためたら食事の支度をしておくれ。今日はセラが風邪で倒れちまったからね、お前さんひとりで仕度しな」
「あら、そう……」
 そういえばセラの姿が見当たらない。ヨランダはとりあえず台所へ入って、まずは竈に火を起こした。
「おばあさん、今日は何を召し上がる?」
「麦粥とスープじゃ。セラにも少し持って行っておくれ」
「はーい」
 ヨランダは穀物を保存する袋を開ける。さいわいネズミにかじられた様子はない。老婆が食料に施している幻術でネズミが近づかないからだろう。ヨランダはざるに穀物を入れ、大甕から水を汲んでふたつの鍋に注ぎ、それぞれ鍋を火にかけた。
「麦の殻はちゃんと取るんじゃぞ。こないだはひどい出来の粥じゃったからな」
「わかってます、もう……」
 ヨランダはしぶしぶ脱穀を開始した。本当なら、殻付きのまま鍋に放り込んでやりたいところなのだが……。
「この作業きらいなのよね……。でもこれをやらないと、チクチクするものを口に入れることになっちゃうし……」
 以前、脱穀しないまま粥を作ったところ、煮え切らぬ固いもみ殻までも食べることになり、口の中をさんざんもみ殻につつきまわされるという悲惨な目に遭った。それ以降はちゃんと脱穀するようになったのだが、それは面倒な作業であった。
 九割ほど脱穀が終わったところで湯が沸いた。ヨランダは麦を鍋に放り込む。
「ええと、次はどうするんだっけ。調味料は入れたし……」
「あとは火を弱めるんじゃ。煮詰めすぎると鍋の底で焦げてしまうからのう」
「あ、そうだったわね」
 竈の火を弱める。ついでに彼女はそれで温まろうとするが、老婆は容赦なく次の指示を飛ばした。
「ほれ、何をやっておるんじゃ! 次はスープ用の骨を用意せんか!」
 大きな樽の中に、スープのだしをとるための骨がたくさん入っている。一体どこでこれだけたくさん買ってきたのだろうと思いつつも、ヨランダは適当に骨を二つか三つ取って、グラグラ沸いている鍋の中へと放り込んだ。
 スープと粥が出来あがる。老婆は粥を食べてみて、「ゆで時間が短かった」とだけ言った。
「まあ、強い火をつけっぱなしにして鍋の底に麦粥をこびりつかせるよりは、だいぶんマシじゃて。さ、セラに粥とスープを持って行っておくれ」
「はーい……」
 木の器に粥とスープをそそいで、ヨランダはセラの寝ている藁床へと持っていく。清潔な藁に布をかぶせた藁ベッドで横になっているセラは、彼女の持ってきた粥とスープを口にした。
「おねえちゃん」
「なに?」
「……おかゆ、あんまり混ぜてない。ちょっと焦げてる」
「え……?」
 慌てたものの、すぐヨランダは立てなおす。
「ま、まあいいじゃないの。今度はちゃんと混ぜるから。そんなことより、今はちゃんと休んで栄養を取って、風邪を治しなさい。また明日からお料理の特訓なんだから」
「うん」
 セラは軽くせき込みながら、顔を真っ赤にして、頭の上まで藁をかぶった。
 台所。
 突き刺すような冷たさをこらえて、ヨランダは器とさじを洗う。それが終わると彼女は暖炉の傍で手を温めた。
「あー、あったかい。あら、おばあさん。何してるの?」
 呪術師の老婆は奥で何やらゴソゴソやっていたが、やがて小さな革袋を手に姿を現した。
「ほれ、具合が悪くなったらこいつを飲むんじゃ」
「何これ」
「セラにも飲ませた薬じゃ。セラの病がうつっておらんとも限らんからな」
「そう、じゃあいただくわ。ありがとう」
 ヨランダは薬を受け取った。
 老婆は近くの窓を開けた。冷たい風が飛び込んでくる。ヨランダは縮こまった。老婆はすぐ窓を閉め、かんぬきをかけた。
「今日は雪がやみそうにないのお、小娘や、ここに泊まっていきな」
「あら! ありがとう」
 実は、ヨランダは最初からここへ泊まり込むつもりだったのだ。夜の雪道を走ってギルドまで戻るのは、寒い上に危険なのだから。
 老婆は、ヨランダに向き直った。
「ではさっそく、縫物の続きでもやってもらおうかの。最近は手が震えてうまく縫えなくなってきたからな」
「え……?」
 それから、ヨランダは夕食の支度にとりかかるまでずっと縫物をさせられ続けた。夕食も麦粥とスープですませ、それから後は老婆に叱られながら編み物をする。雪はその間もしんしんと降り積もっていく。
「本当は薪割りもしてもらいたかったんじゃが、お前だと非力すぎて無理そうだから、またそれは別の奴に頼むとしようかえ」
「薪割りだなんて、アタシには無理よ、もう!」
 何度も針を刺してきた指に薬を塗りながら、ヨランダは老婆に抗議した。
 それからいつものように、薬草酒と麦酒を飲みながら談話し、ヨランダは暖かな藁床の中でぐっすりと眠った。

 朝がくると雪はやんでおり、辺りは銀世界となった。
「雪がやんだのは嬉しいけど」
 ヨランダは藁床から起き出そうとしない。それもそのはず、
「風邪をうつされるなんて、思いもしなかったわ……」
 老婆からもらった薬は飲んだものの、熱が下がるにはまだしばらくかかるだろう。
「それにしてもなんであの御婆さんはピンピンしてるわけ? お年寄りとはとても思えないわ……」
 セラとヨランダが風で倒れたのに、老婆だけはピンピンして、今はセラに指示を飛ばして食事の支度を言いつけている。ほうきであたりを掃く音がするところから、老婆は掃除もしているようだ。
「元気なひとねえ。あと二十年くらいは長生きしそう……」
 薬の副作用で、ヨランダは目を閉じ、眠りに落ちていった。