定期健診



 セカンド・ギャラクシーに元の勤務医が戻ってきたことで、住人は半分ほっとして、半分ため息をついた。腕のいい医者が戻ってきた代わりに、その機嫌次第では医療機械によって拷問されるからだ。それでも彼を地球本部へ帰そうとする住人はいない。この性格さえ我慢すれば、よい治療を受けられるからだ。前任のイルシアは、性格こそよかったものの治療の腕はてんでダメ。ステーションの住人のほとんどがスペーサーの再配属を希望した結果、スペーサーは第一ステーションから戻ってきたのであった。

「藪医者が戻ってきてよかったのか悪かったのか」
 アーネストは、仕事が終わって皆で酒場でくつろいでいる時、疑似煙草を吸いながら、思った事を素直に口にした。
「あの性格さえどうにかなってくれれば文句はねえんだよ」
「そうそう」
 他の皆も同意した。イルシアの性格とスペーサーの治療の腕があればちょうどいいのだが、あいにく現実はそうもいかない。スペーサーの性格とイルシアの治療の腕があるよりははるかにマシであるのだが……。
「おい、明日は健康診断の日だぞ」
 誰かが言った。皆の顔から一斉に血の気が引いた。年に一度の、健康診断。普通の治療よりはるかに恐ろしい健康診断。怪我をしやすい管理課を目の敵にしているらしい医者の健康診断など、管理課にとっては地獄にも等しい拷問だ。それでも、医師の機嫌が悪ければ拷問、機嫌がそれなりなら、ただの検査で済む。
「仮病でも使うか?」
「そしたら、あいつは医療機械を部屋に持ち込んで検査するに決まってるだろ! やるだけ無駄だ……」
 管理課の皆は、ためいきをついた。受けねばならないとわかってはいても……診察が大嫌いな医師の健康診断を受けねばならない……。

「次、管理課!」
 医務室の隣にある、検診専用の大きな部屋。身長体重や血圧、心拍数、レントゲンなど、いろいろなものを同時に測定できるよう、わざわざ地球の本部が送ってきたそれ専用の機材が置かれている。部屋の半分を占拠するそれは、いちどに五人くらい測定できるように設計されているのだ。
「さっさと入れ! 後がつかえるだろうが、阿呆ども!」
 スペーサーが一喝すると、ドアが無慈悲にスライドする。その向こうに伸びる通路から管理課の面々が入ってきた。いずれも、嫌そうな顔で。
「一列に並んで、その機械の前へ立て。そうすれば勝手に測定してくれるからな」
 ほかの課の者たちには、もっと丁寧に説明をしたのに、管理課だけはこんないい加減な説明。だがそれでも十分だった。急いで検査を終えてこの部屋を出てしまいたいからだ。この医者が機嫌を損ねて何かやらかすよりも先に。
 いったん全員の検査が終わると、スペーサーはあまり機嫌のいい顔をしないままで(この医師が笑っているところなど誰も見た事がないのだった)、言った。
「残り半分、入ってこい。後は仕事に戻って良し」
 検査を受けた管理課の者たちは(これから仕事の続きがあるというのも理由の一つだが)ほっと安堵のため息をついた。それと同時に、ドアが開いて、残り半分の管理課がこれまた嫌そうな顔で入室した。スペーサーは先ほどと同じ説明をして、あとはもう勝手に測定しろと言わんばかりに、さっさと機械の操作に移る。先に部屋を出ていった管理課の者たちは大慌てで仕事場へ戻る。残った、これから検査を受ける者たちは、医者がどうかこれ以上機嫌を損ねない事を祈りつつ、機械の前に立って検査を受けたのだった。

「くたびれた……」
 管理課の者たちはそろって、酒場の指定席でぐったり。
「定期健診受けるだけなのに、こんなにくたびれるなんて……」
 鉄くずをかじっていたニィが気遣うようにチイチイと鳴くが、アーネストはそれを気にかけてやる余裕はなかった。仕事が終わったと同時に足を引きずるようにしてこの酒場までたどり着き、そのままぐったりしている。
「でも、これで良かった気がしねえか?」
 誰かが言った。
「だってさ、もし――」
 イルシアが検査を行っていたらどうなったろうか。イルシアは機械には強くない。そんなに複雑な操作を必要としない機械であっても、要らぬスイッチを押したりなどして余計な操作を行い、かえって事態を悪化させることにつながりかねないのだ。
「そうかもしれねえ。でも、やっぱりあの藪医者の検査は嫌過ぎる……」
 テーブルにふせったまま、アーネストはぼやいた。
「機嫌が悪いと、マジで俺らにあたり散らすんだからよ。管理課を敵みたいに思ってやがるに違いねえよ、あの野郎」
 実際その通りなのだった。
「おい、再検査だけはマジで勘弁してほしーぜ」

 検査の終わった翌日、何人かが医務室に呼び出され、再検査を言い渡された。その時の医師の不機嫌さは言葉では言い表す事が出来ないほどひどいものだ。診察の大嫌いな彼は、健康診断のたびに、面倒くさいから再検査なんかしたくないと思っているのだ。
 そのため、
「再検査なんかするのは面倒だが、本部の指示だから仕方なくやるんだ!」
 と、医師とは思えぬとんでもない言葉を吐いて、医療機械を作動させる。
「阿呆ども、体調管理くらいしっかりやれ! 私の仕事を増やすんじゃない!」
 検査ではない、拷問の開始だ。医務室に悲鳴が響き渡った。医療機械は患者を捕まえて無理やり検査を行い、患者はその間寝台に完全に拘束された状態なのだ、その状態で様々な測定機能を持つハンドが伸びてきては体をさぐっていくのだ。これを地獄や拷問と言わずして何と呼べばいいか!
 幸い管理課の者は誰一人として呼び出されなかったが、仕事の間に、医務室に再検査の呼び出しを喰らった者の帰還を見て、青ざめたのだった。
「体調管理は、やっぱり自分でやるしかないか……」
 おそらくイルシアの時以上に、管理課はこの誓いをしっかりと守ったのではないだろうか。しばらくの間、医務室に管理課の者は訪れなかったのだから……。