ケルピーと話す
アーネストは再び、ケルピーの住む池にやってきた。透き通った池の水は、水底までくっきりと映し出してくれる。小石の一つ一つがハッキリと見えるくらいに。
「いねえのかな」
彼は首をかしげる。透き通った池を眺めても、馬の姿はどこにもないからだ。
「でもあれは、水の精だって言うし、ここからどこかへ行くわけねえよなあ」
彼がそう言った途端、池の中央がボコボコと泡だった。見ると、そこに、馬の頭が。
ケルピーの頭だ。
「お、いたいた」
アーネストは嬉しそうな声をあげた。実際嬉しいのだ。
「おーい、こっち来てくれよ」
彼は試しに呼びかけて見た。子供の内臓を食うというが(伝聞であって、自分で調べたわけではない)、そんなものを差し出すわけにはいかないので、代わりに、普通の馬が食べるものを持ってきたのだ。穀物とニンジン。
ケルピーはアーネストを、馬鹿にしきった目つきで眺めている。彼の足元に置かれたものを見ても、目を輝かせるどころか、軽蔑しきった視線を送るだけである。ケルピーはそんなものを食べないのだから当然だろう。ただの馬扱いするなと言う事か。
が、ケルピーはたてがみをふりながらのんびりと池の上に全身を現した。この愚か者の余興に付き合ってやろうと考えたらしい。池の上に現れた後、ゆっくりと歩いて彼の傍へとやってきた。
アーネストは水の精の体格をしげしげと、上から下まで見た。そこらの馬ではとても太刀打ちできない立派な体格。重い荷馬車も軽々引っ張れそうで、一方ではきちんと訓練すれば軍馬としても申し分なかろう。
「やっぱすげえなあ、そこらの馬とは全然違う! 名馬ってやつだよな」
純粋な賞賛の言葉。ケルピーはブルルと鼻を鳴らした。当然だろう、私を誰だと思っているのだ、この愚か者。そう言いたいのだろうか。
「あ、そうだ。これ食うか?」
彼の指さす、馬の食料。が、ケルピーはそっぽを向いた。その反応で、アーネストは困った顔をする。
「だって、子供の内臓なんか持って来られるわけがねえんだからよ。それとも、どうしても内臓じゃないと駄目なのか?」
ケルピーは反応しない。肯定なのか否定なのか……。
たぶん、「内臓以外食わないから、それはいらない」という意味だと勝手に判断し、アーネストは野菜をしまい込んだ。
「ところで」
話を変える。
「お前、いつからここに住み着いてるんだ? 俺、今まで知らなかったんだけど」
その問いに、ケルピーは馬鹿にしきったように鼻を鳴らし、たてがみを振るった。
「って、馬が答えられるわけねえか」
次の瞬間、アーネストは横に跳んで、ケルピーの蹄の一撃を回避した。水の精の蹄は、あやういところで彼の頭をざくろのように割ってしまうところだったのだ。
「え、もしかして怒った?」
そう言わなくとも、鼻息の荒さを見ればわかるというもの。
ケルピーは鼻息を荒くし、アーネストを踏みつぶそうともう一度足を振りあげた。今度の一撃も回避される。再び、ケルピーは足を振りあげる。ただの馬と違い、立派な体格の大きな馬が、彼を踏みつぶそうとその脚を振りあげるのだ、しかも怒り狂った状態で。とんでもない迫力!
「わ、悪かったよ! 謝るから――」
ひるんだアーネストはたちまち折れた。
ケルピーは足を下ろした。しかし、八つ当たりと言わんばかりに、彼の頭を片脚でポカンと殴った。重い痛みと同時に、彼の髪が濡れる。そのままケルピーは池の方へと戻り、水の中へと姿を消してしまったのだった。
「あーあ。怒らせちまったなあ。ということはこのケルピーはよっぽど昔からこの池に住み着いてたってことかあ。それじゃあ、いつからいるのか、なんて聞かれて怒らないはずないっか。あーあ、悪い事しちまった」
アーネストはびしょぬれの髪を拭いた。
「でもなー、あの立派な体格の馬なんて、そう滅多にいるもんじゃないし。やっぱり、背中に乗ってみたいな。いつかは、心を開いて乗せてくれるといいんだけどな」
アーネストは、透明な池を見つめながら、ぽつりとつぶやいたのだった。