ケルピーに乗るには



「諦められねーんだよなあ」
 アーネストは、ケルピーの住んでいる池を覗きこんだ。彼の肩に乗っている幽霊の少女は、ちょっと不満そうに頬を膨らませる。
「あんだけ立派な馬なんだし、脚も速そうだし、乗れればすごく便利だと思うんだけどな」
 澄み切った池の底を優雅に泳ぐケルピーの姿があった。
「けど……来るたびにバカにされっぱなしなんだよなあ」
 あの立派なケルピーの背中は、鞍を置かずともさぞかし座り心地がいいだろう。ケルピーはどんな良質の軍馬よりも、遥かに優れた働きをするとも言われているのだし、アーネストとしては是非乗ってみたいところなのだ。
 今の所、一度も成功していないけれど。
 アーネストが池をのぞきこんでいると、ケルピーの方から彼を見つけ、水面に浮上してきた。そして、いかにも馬鹿にしきった目つきで、鼻を鳴らした。明らかにアーネストを目下に見ている。
「なあケルピー、一度でいいから背中に乗せてくれよ」
 アーネストの頼みに対する返答は、ケルピーの潜水であった。
 乗せるつもりは、全く無いと言うことか。
 池を見下ろすアーネストに見せつけるように、ケルピーは水中を自由自在に駆けまわった。

 傭兵ギルドの仕事が終わり、がやがやとおそろしく騒がしい酒場へ入ったアーネストは、くたびれきった顔をしたヨランダを見つけた。ここ最近彼女が町の酒場へ顔を出す頻度がおそろしく減っていたが、代わりに町はずれへ向かう姿だけは毎日のように見ていた。
「珍しいなー、お前がここに来るなんてよ」
 彼女の隣のカウンター席に座るアーネストは、果実酒を目の前にカウンターに臥している彼女を見る。
「お宝をとりそこないでもしたのかよ」
「違うわよ」
 ふてくされた機嫌の悪い声が返る。
「花嫁修業、ちょっとお休みしてるだけ。もう疲れちゃって」
「はあ? 花嫁修業って――」
 アーネストはあっけにとられた。それというのも、結婚よりお宝の事をまず考えるシーフのヨランダが、花嫁修業という全く似つかわしくない事をやっているということに驚いたからだ。
「お前、結婚するのか?」
「まだしないわよ!」
 ようやっとヨランダは顔を上げた。既に何杯も杯をかさねているようで、彼女の顔は赤く染まっている。
「将来のために、今から修業積んでるだけよ」
 ヨランダは果実酒の入ったコップを持ちあげて、中の黄金色の液体をぐいと飲み干した。
「そういうあんたは何でここにいるの」
「何でって、今日の仕事が終わったからに決まってるだろ!」
 アーネストの言葉の後で、彼の前にエール酒入りのジョッキが置かれた。
「それよりお前知らねーか? あの池に住んでるケルピーを手なずける方法」
「はあ?」
 ヨランダは大きく首をかしげる。
「ケルピー? 何でまた?」
「あんだけデカくて立派な馬なんだから、乗ってみたいんだ」
「そ、それだけなの?」
 呆れたと言わんばかりのヨランダの顔。
「そんなことアタシに聞かれても、アタシは無理としか答えられないわよ。だって、まずケルピーの食べるモノと言ったら子供の内臓でしょ? そんなもの用意出来っこないって! それにすごくプライドが高いみたいで、そう簡単に相手に屈したりしないそうだし。ケルピーを乗りたいって思うのはあんたの勝手だけどねえ、無駄だと思うわよ、アタシは」
 ヨランダはそう言って、椅子から立ち上がり、酒場のおやじに代金を払うと、ちょっとよろめいた足取りのまま酒場を出ていった。
 残ったアーネストはエールのジョッキに手をかけたまま、しばし考えていた。
(ケルピーのエサが子供の内臓ってのはまあ聞いたことあるけど、別に俺はケルピーを飼い慣らそうってわけじゃないんだよなあ)
 一度でいいから背中に乗りたいというだけ。
「出てきてくれて、背中に乗せてくれて、ちょっとそこらを周ってくれればいいだけなんだけどなあ。それだけでも相手に呑み込ますにはどうしたらいいかな」
 明らかにケルピーはアーネストを下に見ている。その態度はあまりにもあからさま過ぎて、見るだけですぐわかるのだ。ならば、対等あるいはそれ以上の存在だとケルピーにわからせることが出来たら、背中に乗っていいと許可をくれるかもしれない。
 一番簡単な方法は、やはり餌付けかもしれないが、それに必要な子供の内臓を用意できるはずもない。粘り強く説得しても、一蹴されてしまえばおしまいだ。
 どうしたものかと悩んで、ジョッキを口につけた時、アーネストは閃いた。
「そうだ、あいつがいるじゃねーか」
 この町唯一の魔術士の顔が浮かんだのだ。
「あいつなら何か方法をつきとめられるかもしれねーな! 明日さっそく行ってみるか!」
 晴れた顔になったアーネストは酒を一気に流し込み、金を払って酒場を出ていった。