思い出の首飾り



 ヨランダの専門は素行調査である。遺失物探索も時には請け負うが、大抵は浮気の調査や、場合によってはペット探しも引き受けている。
 先ほどの依頼の報酬である一万クレジットが自分の口座に振り込まれたことを確認した後、ヨランダは自分のコンピューターで、《危険始末人》宛ての依頼を検索する。
 大半の依頼は《危険始末人》を指名している。もちろん指名のない依頼もある。特定の《危険始末人》が指名されていない依頼は、誰が受けても良いという事だ。
 ヨランダの目に留まった依頼があった。

「あらあら、ありがとうございます。私のために来て下すって」
 ヨランダを出迎えたのは、年の頃七十を超えたと思しい老女であった。寒いのか、毛糸の肩掛けを羽織って、小さく丸めた背中に、太いが軽い素材の杖をついている。白くて長い髪を首の後ろで団子のように丸め、目にはこれまた丸いフレームの眼鏡をかけていた。
「ええっと」
 ヨランダは切り出した。
「あなたのご依頼は……」
 彼女が言うまでもなく、相手は口を開いた。
「あらそうでしたわ、忘れるところだった。この歳になるとどうも物忘れが激しくってねえ。確か依頼は……」
 依頼主である老女、アシュリーは、探し物の依頼をしたのである。
「思い出のアクセサリーなの。私がまだ若いころに使っていた、サファイアの首飾り」
「そうなんですか」
 本来なら遺失物探索の専門である《危険始末人》の得意とする分野だが、他のものはみなそれぞれ出払っており、同じく専門の一人であるスペーサーは、ある依頼で受けた瀕死の骨折事件が元で、退院後は、自分より年上の女、特にオバハン恐怖症に陥っていた。
「で、探して欲しい首飾りは、どんな形なんです?」
 ヨランダの問いに、アシュリーはぽけっとした顔になる。
「ごめんなさいね。サファイアだという事しか覚えてないのよ。だから一緒に探して頂戴」

 アシュリーの家は、小ぢんまりしていた。しかしそれは外見だけで、中は様々な家具で占められており、首飾り探しのためにいちいち退かさなくてはならないほどである。タンス、テーブル、椅子、ソファ、食器棚……。
「はー、首飾り、一体どこにあるのよ……」
 一時間後、ヨランダは額の汗をぬぐう。まるで引越しの手伝いでもしているかのような運搬作業と、蟻一匹見逃すまいといわんばかりの探索作業。しかし、家のほとんどの家具をひっくり返したにもかかわらず、首飾りは見つからなかった。最初に化粧台のアクセサリーケースも覗いたのに。
 アシュリーはヨランダに言った。
「ちょっと休憩しましょうか。お茶淹れますわね」
「あ、いえお構いなく……」
 ヨランダが言いかけたときにはもう、アシュリーの姿はキッチンへ消えていた。
 三十分後、リビングのソファで、二人は紅茶を飲んでいた。先ほどの首飾り探索で家具を動かしたり戻したりしたので、家の中は、ヨランダが行動を起こす前より少し散らかったようにも見える。
「あの首飾りはね、昔、主人が私にプロポーズした時に、くれたものなのよ。『君にはこれが一番似合う』ってね。嬉しかったわ」
 アシュリーは話しながら、目じりをぬぐった。
「それからあの首飾りをつけるのは、なにか特別な時だけにしたわ。お誕生日や、懐かしの友達と会う時や、友達が結婚した時……それくらい、大事な大事な首飾りだったのよ」
「そうなんですか」
 ヨランダはさらりと流す。依頼人やその依頼に対して情をはさまないのが《危険始末人》の暗黙の掟なのだ。
 アシュリーは言った。
「あなたもちょうど結婚する時期ねえ。もうお相手は決まったのかしら。きっといいお婿さんが見つかると思うわよ」
 ヨランダは思わず頬を赤く染めた。
 首飾り探しを再開したのはそれから三十分後。今度はアシュリーの部屋からのスタートである。最初に探した部屋なのだが、首飾りが大切なものならば、自分の手近なところにおいておくだろうと考えたのである。
 さて、また家具を動かしている最中に、ヨランダは、化粧台から小さな箱を落としてしまった。
「あっ、落としちゃった……」
 慌てて拾おうとすると、その箱からメロディがながれてきた。
 オルゴールだった。
「あら懐かしい曲だこと。主人の好きな曲だったの」
 アシュリーが頬を緩ませる。穏やかだが、どこか哀しげなメロディ。ヨランダはオルゴールを拾い上げる。落としたためか、少し曲が途切れ途切れに聞こえてきた。
「あら?」
 オルゴールの蓋の裏側に、薄い蓋がもう一枚ついている。それをあけてみると、そこから、首飾りが落ちてきた。鎖の先に水滴の形をしたサファイアがついている。
「これよ、これが私の首飾りよ!」
 アシュリーが叫ぶ。ヨランダは手の中に落ちた首飾りと、アシュリーとを交互に見る。
「これが、探していた首飾り……?」
「そうそう! ありがとう、ありがとう……」
 アシュリーは涙を眦にうかべ、ヨランダに礼を言った。
 彼女が帰る前、アシュリーは言った。
「来てくれて、本当に嬉しかったわ。本当にありがとう……」
 その首元に、サファイアの首飾りが光っていた。

 半年後、ヨランダは、町外れにある小さな墓地を訪れた。人の訪れることの少ない墓地の、墓の一つに、彼女は歩いていく。墓石には、半年前の依頼人アシュリーとその夫の名前が刻まれている。
 献花された墓石は、寄り添いあっているように見えた。ヨランダは静かに冥福を祈り、持ってきた花を手向けた。
 その首元に、アシュリーの遺言で彼女にゆずられた、サファイアの首飾りをつけて――。