昔の喫茶店



「ここに来るのも久しぶりねー」
 ヨランダは、自分の宇宙船から降り、格納庫を出た。
「今は政府が管理しているけど、元々ここらへんの土地は、アタシたち東方の者が管理していたのよねえ。今では没落して色々な惑星へ去ってしまった。地球に戻ってきているのはアタシくらいしかいないでしょうけど」
 東方の地はほとんどの住人がいなくなっていて、ほとんど無人の土地となっている。屋敷はことごとく取り壊され、政府が現在新しい公共施設を作らんがために、立ち入り禁止にしている場所も多い。わずかに残った屋敷もあるが、そこでは住人がつましい生活を余儀なくされている。本当は、政府は彼らに退去してほしいため秘密裏にあれこれ工作しているのだ。暮らせなくなったら屋敷や家具を手放すしかない。家具や屋敷など全て売り払われ政府が全て二束三文で買い取ることになってしまうだろう。もっとも、東方の住人はみんなそろって他の惑星に別荘を持っているので、そこで住めばいいのだが、土地に愛着のある者は、金が本当に尽きてしまうまでこの場所に定住している。
 ヨランダは格納庫を出てから道を歩く。景観を維持するためか、今も手入れが行き届いており、雑草が全く見当たらない。ごみも落ちていない。
「相変わらず、堅苦しいわね。そりゃ汚いよりは綺麗な方がいいけど……」
 ヨランダはそのまま歩いて行った。
 居住区のずっと奥から、工事の音がひっきりなしに聞こえてきている。

「それにしても休暇でここへ帰ってくるなんて、やっぱりアタシも故郷が懐かしくなったのかしらね。帰省なんてしないと思ってたのに」
 いろいろな豪邸が立ち並んでいたはずなのに、取り壊されている。立ち入り禁止のバリアがいくつもはりめぐらされている。
「風情がないわね、ちっとも。あの公園はどうなったかしら」
 綺麗な噴水やベンチ、上等の素材で作られた遊具が懐かしい。だが、彼女が行ってみると、そこはもうとっくの昔に取り壊されていた。図書館を立てる予定らしく、バリアに貼られた掲示板には「国立図書館建設予定地」と書かれている。
「ここもだめなのね」
 ヨランダは、自宅への道を歩く。
「ないのは、もうわかってるのよね……」
 そう、彼女の住んでいた屋敷はもうない。両親が病死したのち、彼女は家を売り払い、そのままこの居住区を飛び出して《危険始末人》となったのだから。それでも、なぜか、足を運んでいる自分がいるのだった。
 彼女の家は、とうの昔に取り壊されて、科学博物館が立てられている最中だ。
「完成したら、行ってみようかしら」
 まるでひとごとのようにつぶやいて、彼女は、かつて自分の住んでいた屋敷が立っていたはずの場所から、のろのろと離れていった。あったはずの家がなくなっている事は、もう分かっているはずなのに、胸の中がスカスカになったような気がしていた。

「やっぱり変わってしまったのね。たった数年であんなに」
 居住区から数キロ離れたところにある繁華街。この繁華街は元々東方の住人だけが使う事を許された場所だった。だが今は、観光地として使われている。かつて並んでいた店はことごとく壊され、そのへんに並ぶチェーン店や、値段の安さだけが売りの売店だけが並んでいる。
(家を飛び出す前は、ここによく来ていたのに……ここも変わってしまってる。アタシの記憶と全然違うわね)
 たった一つだけ変わっていないのは、この繁華街の隅っこに立つ、昔ながらの小さな喫茶店。どうやら取り壊しから逃れるために、「昔ながらの喫茶店」を売りにしていると見え、木造建築のこの店はヨランダの記憶のままだった。
 そして、喫茶店の経営者は、六十歳を越えている夫婦であったが、ヨランダのことをよく覚えていたのだった。
「おんや、お久しぶりですねえ、お嬢さん」
「あれまあ、すっかり美人になってしまって! あの時はまだわんぱくざかりなお嬢様だったのに、こんな立派なレディにおなりになって!」
「お久しぶり」
 店に入ると聞こえてくる、ドアにつりさげられた小さなベルのリンリンという音が、耳に心地よい。ヨランダは老夫婦に挨拶して、昔からずっと座ってきたカウンター席の一つに座る。他の客は今のところいない。それがありがたかった。
「ねー、おじいさん、おばあさん」
 幼いころからこの夫婦をそんな風に呼んできたのだった。
「昔から好きだったねえ、あれが飲みたいんだろう」
 しばらくしてから持ってきたのは、きれいなガラスのコップに入った、しぼりたてのオレンジジュース。見た目はただのオレンジジュースだが、彼女はこれが大好きなのだ。
「ありがとう! 憶えててくれたんだ! 他の場所で飲むと、薬っぽい味が混じっているから嫌なのよね。でもこれは大好きよ!」
 ヨランダは大喜びだ。
 それから長い時間をかけて、ヨランダと老夫婦は近況を語り合った。入ってくる客はおらず、邪魔されずに会話が続く。会話以外に聞こえてくる音と言えば、ラジオの音楽番組から聞こえるクラシックくらいなものだろう。
「それにしても、あの《危険始末人》に入っていたとはねえ。《危険始末人》の噂は聞くけど、具体的にどんな活動をしたかについては、何も聞いていないね」
「だってマスコミはご法度なの。彼らは何でも知りたがるから。マスコミ以上に何でも知っている生き字引みたいな《危険始末人》もいるけど……」
 ヨランダはそれから、窓越しに外を見る。
「そういえば、居住区へ行ってきたの。変わりすぎてて、驚いちゃった。アタシの家があった場所なんて、博物館になっちゃうみたい」
「そうなんだよねえ。ここのところ、工事が毎日続いておるんだ。国が、この居住区の住人たちを一人残らず追い出したいから密かにいやがらせをしているんだ。だが国だからのお、たとえどんなに財力を持っていたとしても法律を密かに変えて不利なようにしてしまう。だからみんな、最後には逃げ出してしまうのさ」
「客が入らないから、周りの高級店もつぶされていってねえ。うちだけは、昔ながらのやり方を貫いているからかもしれんが、つぶれずに済んでるよ」
「でもやっぱりアタシはこのお店のままのほうがいいわあ。他のところはみんな変わっちゃったけど、ここだけは変わらずにいるんだもの。変わらない事も大切なんじゃないかしら。かつての面影を残す場所として、有名になるんじゃない?」
 皆は笑った。

 夕暮れを過ぎてからヨランダは、喫茶店を出る。近くのホテルに、部屋を一つとってあるのだ。
「また来るわ! だから――」
「わかってる。明日は、ケーキもいいのをそろえておくよ」
「わー、やっぱりわかってくれてるのね! ありがとう、おじいさん、おばあさん!」
 ヨランダの背中を、老夫婦は見送った。
「人も変わってしまうんですねえ。あんなにおてんばな女の子がもうあんなに綺麗なレディに成長するなんて」
「そうだのう。でも、お嬢さんの中身は変わってないねえ。いつまでも、わしらの憶えているあのお嬢さんのままだよ」
「そうですねえ。ヨランダお嬢様は、昔のまんまですねえ……」
 喫茶店の奥に、ぬいぐるみや小さな植木鉢の置かれた棚がある。その棚の中に、写真が飾られている。それは、まだ幼いころの、ヨランダを写したものであった。満面の笑みで、彼女は、老夫婦に抱きあげられて、幸せそうに笑っていた。