空港まで走れ！
光線銃から無数の光が飛び出し、闇夜を貫く。
「攻めてきやがった」
「もう囮がバレちゃうとはしょうがねぇやぁ。数が少ないのが救いだけどぉ」
アーネストと、ヒト型をしているが全身が粘液でできているエギド星人の《危険始末人》ブェトのそばには、依頼人である赤い布を巻いた大きなニンジン……否、プラント星のとある貿易商の令嬢がいる。プラント星はあらゆる犯罪者の巣窟、やり方次第では犯罪者が金持ちや政治家にもなれる下克上のまかり通る危険な土地だ。この令嬢が住む地域では薬物売買の組織同士による規模の大きな縄張り争いが始まったので、彼女を別地区の空港まで護衛するのが、今回の任務である。
《危険始末人》たちは先に囮の立体映像を館から逃げさせることで犯罪組織の連中の注意を惹き、それから館を出る。その予定だったのだが思った以上に早く囮がバレてしまい、仕方なく、基地特製のライオットシールドで居残り組の攻撃を防ぎながら乗り物へと向かう。……プラント星有数の資産家であるこの令嬢を殺害すれば、それを成した犯罪組織がその資産を独占し様々な薬物を買い占めて、星の内外へ売買できるので、彼女の脱出に気づいた組織の下っ端どもは必至で彼女を狙っている。
たった二人の《危険始末人》が依頼人と共に、基地特製のステルス機能付きの乗り物に乗り込んだところで、犯罪組織の下っ端たちはようやく、乗り物が館の前に堂々と駐車されていたことに気が付いた。下っ端たちの持つゴーグルは特別な機能があって大抵のステルス機能を見破れるのだが、《危険始末人》が使用するものはすべてプラント星の科学力をはるかに上回った技術で作られているため、下っ端たちのゴーグルでは乗り物のステルス機能を見破れなかったのだ。
「後は脱出だな。ブェト、やつらの動きは？」
「やつらが応援を呼んだぜえ。さっさと行かんとぉ」
「早くしてくださいい！」
絶え間ない銃撃が車体の周囲に張られたバリアをたたく。その鈍い音を聞いて、赤い布を巻いた巨大ニンジン……否、令嬢は翻訳機つきインカムごしに大声を上げた。アーネストはその不快な声を聞き流して乗り物を発進させる。バリア機能とステルス機能を維持したまま車体がブウンと鈍い音を立てて高さ五十センチほどまでうきあがると、瞬く間に加速して館の前から走り去る。数分経って、ふたつの犯罪組織の電気自動車が次々と、後を追って道路を走りだした。
運転席でハンドルを握るアーネストは、振り返ることなく依頼者に言った。
「しっかりつかまっとけよ。こっからハデなレースをやるんだからな」
「レース？」
「とにかく、ケガしたくなかったからどこでもいいからしっかりしがみついてろ！ ブェト、周りの掃除は頼んだぜ」
「おう」
おびえて頭を抱える依頼者とは逆に、ブェトは粘液の体をぐにゃりと変化させて助手席にはりつくと、射撃用スタイラスペンを持ち、複数の目を使ってモニターの監視に入る。バリア機能を破ろうとするしつこい敵や、前方の障害物を取り除くために、エギド星人の超人的動体視力および反射神経が必要なのだ。なにより、時速三百キロの運転に集中しなければならないアーネストに敵の対処などできない。
任務前に学習装置でこの地区一帯の地理を頭に叩き込んできたアーネストは、別地区の空港まで一度もカーブすることなく到着するルートをたたき出してから最大速度まで加速し、進路妨害されるであろう公道から、横道へ車体を突っ込ませる。搭乗者が加速に耐えられるよう機体の装置が適度な重力を作り出し、内部の者を保護する。
「追いかけてきたぁ。空からも来てるぜぇ」
モニターを見るブェトの、楽しそうな声での警告。最近の電気自動車は、正規の部品を用いて改造すれば時速三百キロぐらいはなんとか出せるのだ。
「じゃ、いくか。空港の方はあいつらに任せて、レースをちっとばかし楽しむか」
散歩にでも行くような口ぶりでアーネストは応えた。
犯罪組織側の電気自動車は《危険始末人》の乗り物を追いかけていた。《危険始末人》側の車体はステルス機能のため姿は見えないが、走駆音や風による航跡から車体のおおよその位置を割り出しているのだ。しかし《危険始末人》はわざわざ悪路をとっており、その道は工事中で障害物が多く、改造により超高速で走る電気自動車ではとても危険なものであった。速度が速ければはやいほど、岩などに衝突した際のダメージは大きく、車体の大破と乗員の死亡だけでなく、最悪後続車をも巻き込んでしまうのだから。だが、電気自動車の何割かはタイヤがなくても磁力で浮いて走行できるものだったので、追跡隊はまもなくそれにとってかわった。そして両方の組織は同時に空中からの応援を要請した。
《危険始末人》と犯罪組織とのレースが始まった。
人家のほぼない開発中の横道は、大岩や工事用の重機や様々な道具が置き去りにされている。空港側からは犯罪組織の小型航空機が飛んでくる。だが、ブェトはそのすべてをモニターでとらえると、スタイラスペンで標的をタッチ、追尾性能つきレーザーを発射し破壊する。レーザーで木っ端みじんになった障害物は乗り物のバリアに当たるが、バリアはそのぐらいなら平気の平左。そしてアーネストはブェトの動体視力と反射神経を信頼しているので、一度もブレーキをかけることなく運転を続けている。怯えているのは依頼人のニンジンだけだ。
犯罪組織側は、《危険始末人》が破壊したガラクタや砂利などを車体に受けていて、まともな運転などできない。砂利や小石ならともかく、鉄の塊など大きなものが高速で直撃すれば当然車体は大破、うまくよけても下手をすると後続の車に追突され、とんでもない規模の玉突き事故となった。運よく抜け出せた電気自動車の群れは引き続き《危険始末人》の乗り物を追跡した。
悪路の、時速三百キロのレースは続いた。地区を移り、空港のまばゆい光が遠くへ見えるころには、徐々に悪路の近くに人家が現れてくる。そのころには、《危険始末人》の乗り物を追う犯罪組織の電気自動車の群れはわずか十五台にまで減っていた。本来の四分の一の数だ。
しかし、組織側は希望を捨ててなどいない。令嬢を保護する《危険始末人》の行先は空港とわかっているのだ、そこでは自動車などの乗り入れが禁止されているので《危険始末人》はいったん乗り物から降りねばならないし、空港はすでに自分たちの仲間がのっとっているはず。いくら《危険始末人》が悪路をとって撒こうと試みても、最後に勝利するのは我らなのだ！
「そろそろ空港だぞ」
アーネストははるか前方の光の点をにらみつけながら言った。その間もハンドルを操作して、人家にぶつからないよう慎重に車体を動かしている。ブェトはモニターの監視をしながら、目のひとつを通信機に向け、専用の通信機に向かって声をかけた。マルチタスクのできるエギド星人ならではの特技だ。
「まもなく空港に着くぞぉ、そっちはどうだあ？」
返事が来た。
『よー、こっちは制圧完了だ！ 機体のチェックもさっき終わった。到着を待ってるぞ』
おちゃらけた調子の声が聞こえてきた。ブェトはレーザーで犯罪組織の航空機を撃ちながら、
「わかったぁ。掃除は頼むぞぉ」
と返事をした。
「じゃあアーネスト、後は掃除だけだなあ」
「そうらしいな、頼むぞ」
ふたりの《危険始末人》の会話を聞き、依頼人は、
「早くしてくださいー！」
終始恐怖で震えていたせいか、声が完全に上ずっている。ベルトで後部座席に身を固定しているが、彼女はひっきりなしに体をゆすった。依頼人および運転者の安全確保のため、運転席および助手席と後部座席のスペースはそれなりに広く作られているので、振り回されるフサフサの葉がアーネストやブェトに届くことはないが、それでも《危険始末人》にとってはありがたくない行動である。時速三百キロの運転をしている今、パニックになった依頼者に襲われてハンドルを取られたりすれば間違いなく「あの世逝き」なのだから！
犯罪組織の電気自動車の群れは、《危険始末人》の乗り物を追って空港に近づいていた。車体はステルス機能のため未だ見えないが空港に到着すれば《危険始末人》は車を止めざるを得ないと踏んで、ふたつの犯罪組織の電気自動車の群れは勝利を確信し、ブレーキをかけて空港前に停止した。
「おい、空の応援は?!」
それを叫んだのは誰だったか。ふたつの犯罪組織の下っ端たちは上空を見上げ、空港の明かりに照らされる夜空にて彼らを待っていたのが空港をすでに武力制圧している仲間たちではなく、十人を超える《危険始末人》たちの乗る小型空中戦闘機だということを知った。
ふたつの犯罪組織の下っ端たちが残らず掃討され、それを確認した《危険始末人》の小型空中戦闘機が地上に残らず着陸したところで、シュウ、と空気の抜けるような音がした。そしてステルス機能がオフになり、依頼人を護衛していた乗り物が姿を見せる。後部の自動ドアが開いてアーネストとブェト、そして依頼人が中から出てきた。
空港を占拠しようとした二つの犯罪組織の下っ端たちは《危険始末人》によって殲滅。彼らが、依頼人脱出のための航空機やロボットの操縦士に爆弾などの仕掛けがないかを確認し終わったところで、乗り物で依頼人を護送しているブェトから連絡が入った。そして空港の《危険始末人》たちは「掃除」のために空中用戦闘機に乗り込み、乗り物を操縦しているアーネストが空港前をいったん通り過ぎて安全圏へ逃げてから、犯罪組織の下っ端たちが空港へ来るのを待っていたのだ。
そして《危険始末人》たちは、依頼者を見送る。任務は依頼人を空港まで護衛すること。だから、依頼人が厚く礼を言って航空機に乗り込んだところで、彼らの仕事はおしまいだ。
「あー、終わった終わった！ ちっとつまんねぇレースだったけどな」
アーネストは乗り物の運転席にどっかりと座って、手足をのばした。乗り物は現在、《危険始末人》の小型戦闘機と共に大型輸送機に乗せられ、基地まで輸送の最中である。
「つまらんと言ってもしょうがねぇわな。護衛しなくちゃならんのだから依頼人の安全が第一だわなぁ」
ブェトは助手席にてヒト型に体を保つのをやめ、どろりととろけている。
「そんなことより、戻って今日の依頼が何もないなら、一杯やらんかぁ？」
「おう、それもいいな」
二人がしゃべりあっている間、輸送機は基地へ向かって何事もなく突き進んでいった。今日の任務で活躍した《危険始末人》たちが仕事終わりの一杯を楽しめるようにと。