興味



「ここにいると聞いて、やってきましたの」
 年のころ四十過ぎ、炎のように真っ赤な衣類と同じく真っ赤な髪、派手な化粧。肩に乗っているオウムまでまっかっかという赤いいでたちの女が、研究所のドアを乱暴に開けて入ってきた。
「何十年も前の大戦争で禁術を使って国を滅ぼそうとしたとされる魔術師!」
 赤い女の服には、国立魔術研究所の研究員であることを示す純金のメダルがついている。真っ赤な手袋の握り締める鋼鉄の細い杖は、羊皮紙と文献が山ほど散らかった机をビシッと指した。
「……はい?」
 風もないのに舞った羊皮紙の向こうにいたのは、ぽかんとした顔のヨランダだった。
 暫時の沈黙。
 赤い女は、しばらくヨランダを見つめたまま動けなかった。ヨランダのほうも相手を凝視したままポカンとした顔のままだった。
 空気が動いた。赤い女は、咳払いして、ヨランダに問うた。
「失礼、あなた、ここで一人研究を続けている魔術師を知らないかしら?」
「知ってるけど……留守みたい」
「で、あなたは何をしているの?」
「風邪薬、作ってもらおうと思って。この町じゃ、薬を作ってもらうならココって決まってるの。暗黙のキマリ」
「そう。で、あなたは彼が帰ってくるまで待っているつもりなのね」
「そう」
 赤い女はヨランダをじろじろと見た。ヨランダはなぜ相手がこちらを見てくるのか分からなかった。誰もいない研究所に一人でいるのだから、盗みに入ったのだと思われているのだろう。もっともシーフである彼女の本業は盗みなのだから、そう思われても不思議ではない。だが今回は何かを盗みにきたわけではない。椅子に座って羊皮紙を眺めていたのだって、暇つぶしになるものが何もなかったからだ。
 赤い女はヨランダから目をはなして、探るようにさらにしつこく周囲を見回す。純金のメダルが時どきキラキラと輝く。女はフウとため息をついて、周りを見るのを止めた。
「駄目ね。この辺りには誰もいない。トラップすら張り巡らしていないということは、ワタクシの存在に感づいて逃げたのかしら」
 ギャア、とやかましい鳥の鳴き声。天井から聞こえたそれは、真っ黒なカラス。この研究所の主の使い魔だ。
「あら、使い魔がいつのまにかいるわね。ということは、近くにいるということかしら」
 赤い女の肩に乗った真っ赤なオウムは、カラスと張り合うかのようにギュウギュウと奇妙なくぐもり声を出した。赤い女はさらに周りを見回して、またヨランダに視線を戻す。そして金属の杖を向けて、
「あなた、やはりあの男が化けて――」
 背後から飛んできた閃光が女の体を固めた。
「留守の間に好き勝手詮索とは、呆れたもんだ」
 研究所に入ってきたのは、この研究所の主であった。カラスは嬉しそうに鳴いて、主の肩の上にとまる。
 赤い女は術で動きを止められているために後ろを向けない。だが口を動かすことは出来た。
「ほ、本当に、る、留守だったのね」
「調合をするのに少し足りないものがあったからな。少し研究所をあけただけで襲撃とは、最近の国立魔術研究所の研究員はしつけがなっとらんな」
 無垢なる石を抱かせた杖を相手の背中に突きつけながら、スペーサーは冷たく言った。
「何の用だ?」
「あ、あなた、をタイホしに、きたの。何十年前の、大戦で、国を滅ぼしかけた術を使ったあなたを」
(え?)
 ヨランダは固まった。
「時効だ。消えうせろ」
 スペーサーが口の中で何か呟くと、赤い女はオウムごとどこかへ転送されてしまった。
「まったく、何十年も前の話をいまごろ蒸し返して」
 スペーサーは不機嫌に服のほこりを払い、そこでヨランダに気がついた。ヨランダは、疑いの目を向けられてはたまらないと、用件をさっさと切り出した。
「あ、風邪薬作ってもらいにきたのよう」
「……そうか」
 何事もなかったかのように地下へ向かう彼を見て、ヨランダはほっと胸をなでおろした。

 薬を調合してもらった後、小瓶を手にしたヨランダは、ギルドへの帰り道、歩きながら考えた。
(何十年前の大戦とかなんとか言ってたわねえ。アタシが生まれるよりずっと前の戦争のことをさしてるなら、アレしかないけど……)
 その戦争で自国と敵国の半分以上が壊滅状態になったと聞いた事がある。だがしょせんは伝聞、どこかがゆがんで伝わっているところがあるはず。
(情報収集は、アタシの特技だもんねー! 調べちゃお!)
 ヨランダは駆け足でギルドへ戻った。
 その後を、カラスがついていっていることを知らずに。
 風邪薬を仲間に渡したヨランダは、さっそく出かけることにした。
「こういう昔のことを知ってるのは、お年寄りって決まってるのよねえ! 伊達に長く生きているわけじゃないし」
 彼女の知っている中で、一番年をとった人物は、町外れに住む呪術師の老婆だった。シーフギルドのギルドマスターもかなりの年齢だと思うのだが、あいにくギルドマスターは別の町に出かけているために今は留守だ。
(それにしてもヘンねえ。スペーサーってどう見ても二十代なのに、『何十年も前の話』なんてフツーは言わないわよねえ。『何年も前』ならわかるんだけど。あのセリフだと、あの人が何十年も生きてるみたいに聞こえてくるわね)
 ヨランダは首をかしげながら、町のはずれへ向かった。
 呪術師の老婆はあいにく出かけていた。孫のセラは留守番をしていて、ヨランダが来たのを知ると大喜びで出迎えた。暇をつぶせるものが何もなかったからだ。
「わー、いらっしゃい!」
「こんにちは。今日はあなたのおばあさんに会いにきたんだけど、いらっしゃる?」
「ううん。お出かけしてる。今日の夜に戻るって」
「そう。しょうがないわね。アタシ、夜までここにいられそうにないし。でもせっかくだから」
 ヨランダは言った。
「お料理の練習、しましょうか」
「うん!」
 セラは待ってましたとばかりに、うなずいた。
「じゃあ今回は、炒め物がいいわね。スープはじっくり煮込まなくちゃならないから面倒くさいし。じゃあ、それとって頂戴」
「はあい」

 カラスが飛び去っていった。

 戻ってきたカラスの報告を聞き、スペーサーは、羊皮紙の散らかった机の上に肘杖をついた。
「全く、なぜ私の周りにはどうしてこうも知りたがりやの詮索好きしか来ないんだ」
 右手で机を叩いた拍子に、袖口から、枷のような形の腕輪が見えた。
「……昔の事は、すでに過ぎ去ったこと。まあ、あれだけ爪痕が大きければそう簡単に忘れられる戦ではないだろうなあ。互いの軍はほぼ全滅、国すらも滅びかけた。こっちだって、忘れようにも忘れられん爪痕ができてしまった」
 使い魔は、グウと変な鳴き声を出し、主に倣って頭を垂れた。
「あの出来事を、また蒸し返しては欲しくない……」
 老人の声は、むなしく響いた。