探し人再び
「あなたじゃないと、駄目なの」
ヨランダは身を乗り出していた。
ここは、夜を迎えた町の酒場。向かいには、アーネストが座っている。
彼は、ヨランダが何を言いたいか、だいたい分かっているようだ。
「で、またギルドの坊主がいなくなったとか、そんななのか?」
その一言で、ヨランダはぐっと息を呑んだが、やがて言った。
「そうなのよ」
ギルドに残された書置きから、少年マクスが、森の外れの詰め所に出かけたということは分かっていた。詰め所は町から歩いて一時間くらいの距離で、朝出かけたとしても二、三時間もあれば昼までに戻ってこられる。しかし、彼が出かけたのは、昼を少し過ぎた頃。遅くとも夕方前には戻ってきているはずなのだ。
「何しに行ったんだよ、詰め所なんかに」
アーネストは、森の道をカンテラで照らしながら歩く。ヨランダは彼から離れまいとしている。彼の肩に乗っている少女の幽霊が、それをみてぷくっと頬を膨らませたが、生憎ヨランダには幽霊が見えなかった。
「わかんないわよ……あの子たびたび、何も言わずに出かけることが多いんだもん」
詰め所につくと、数人の見張りの兵士たちが、交代までの暇つぶしにトランプをやっているところだった。護衛の任務を帯びる事の多い戦士ギルドの者とも知り合いである事から、アーネストの姿を見ると、兵士達はトランプを捨てる手を休めた。
「よお! どうしたい?」
「実は聞きたい事があんだよ」
アーネストはヨランダの背を押した。ヨランダは少し怖気づいたが、口を開いて話した。十五歳くらいの、顔にそばかすのある少年がここへ来なかったか、と。
兵士達は、彼女の話を聞いて、一斉に頷いた。
「来たぞ」
「来たの? で、ここにいるの?」
「いるとも。奥で鍛えてるぜ」
どうもよく分からないので、詰め所奥にある、小さな練兵場へ行ってみる。
「あああっ」
ヨランダは声を上げた。
わら人形を相手に、剣の練習をしていたらしいマクスが、床の上でぐったりと伸びていた。
「マクス、ちょっと!」
ヨランダは彼の側に駆け寄り、かがみこむ。マクスは、疲れきって、眠っていた。ヨランダが揺さぶると、やっと目を覚ました。
「あ、もう朝か……」
「朝じゃないわよ!」
ヨランダの剣幕で、マクスの眠気は一気に覚めた。
「なんであんたこんな所にいるのよ?」
マクスはもじもじしながら説明した。剣の修行にきていたのだ。戦士ギルドの者に頼むわけにも行かず、誰も知り合いのいないここなら、自分の身を守る程度の技くらいは身につけられるだろうと考えたのであった。
アーネストはマクスを見下ろした。
「一日二日で、技が身につくわけねえだろ。毎日通ってるならともかく、今日始めたばっかりなんだろ」
「毎日通うつもりだったんだい! 剣の振り方くらい知っておいたほうがいいと思ったから。ちょっとは振れる様にはなったよ」
ヨランダは呆れて何もいえない。アーネストは頭を掻いたが、やがて言った。
「どれだけ振れるか、見せてもらおうか?」
言われて、マクスは待ってましたといわんばかりに、練習用の小剣を取った。詰め所に入りたての新人は最初にこの剣を持たされることになっている。
アーネストはマクスの前に立つ。そして、片手で「来い」と示す。自分は長剣を抜かない。振ってもいいのかとマクスは一瞬ためらったが、相手は護衛のプロなのだから構わないと思いなおした。
「せやーっ」
勢い良く踏み込んで突きを繰り出すが、アーネストは腕を組んだまま、体を横にずらして難なくかわす。踏み込んだ勢いで、マクスはよろけた。
「なんの、まだまだ!」
マクスは躍起になって小剣を振る。しかし、何度やってもアーネストにかわされてしまう。一歩下がる、脇へずれる、その繰り返しだったが、マクスの攻撃は確実にかわされていた。
結局、アーネストに一度も攻撃を当てる事は出来なかった。
「握りたてほやほやだな。型からして隙だらけだ。これだけ才能のねえ奴も珍しいや。一人前になりたきゃ、あと五年は修行するんだな」
才能が無いといわれ、マクスは床に膝をついた。
ヨランダが言った。
「終わったの? じゃ、帰るわよ」
「はぁい……」
アーネストに才能が無いといわれながらも、マクスはそれからも暇さえあればギルドの地下で一人練習を続けていたという。
「僕だって、やれるんだい!」