麻薬取引所
「そうか。とうとう、この場所もおしまいか」
残念そうな溜息が、相手の口から漏れた。
「流石は、戦闘専門の《危険始末人》だな。若造と思って甘く見すぎていたようだ」
たくさんの麻薬が袋詰めにされ、出荷を待っているこの倉庫の中にいるのは、倉庫主の老人と、殺気だったアーネストである。
多少息の上がったアーネストは大量の返り血を浴びて、倉庫の入り口に立っている。この場所に来るまでに、手下達との相手をしたのだ。
「呼び鈴を押しても誰も来ないという事は、若造、お前の仕業じゃな」
「見つけるだけ見つけて、全部息の根を止めたんだ。ここには、もう、あんたしか残っちゃいないはずだぜ」
アーネストは乱暴に言い放つ。老人は金歯を見せて笑った。
「そうかそうか。隅から隅まで大掃除、というわけじゃな。こんなちっぽけな取引所でも探すべきところはしっかり探す、そういうわけかい」
「……」
町のちっぽけな取引所。手段を問わずその取引所を潰すのが、今回の依頼だからだ。
老人は、粗末な椅子に座ったまま、動かないでアーネストを見る。アーネストも、目の前の老人に目を向け、動かない。互いに互い、相手の動きを読み取ろうとしているのだ。
「例えこの場所が潰されたとしても、他の取引所が引き続き営業するだけの話」
老人が口を開いた。
「お前さんが、本気で取引所全てを潰したいなら、根元から叩かんとな」
それくらいは分かっている。しかし彼は、麻薬取引所の大元たる組織の場所を知らない。
老人は、にやりと笑う。
「聞いた事があるぞ。《危険始末人》には、裏世界に精通した者がおるそうじゃな」
「?」
誰の事だろうか。そんな話は初耳だった。
「同じ《危険始末人》なのに知らんというか。こりゃ愉快じゃわい!」
老人は笑い転げる。
「そいつに聞けば、取引所の大元がどこにあるか、わかるかもしれんのう。わしは何も知らんから、お前さんに何を問われても、答えられんよ。どこに大元があるか、組織の規模はどのくらいなのか、組織のボスは誰なのか――わしはただの倉庫の番人じゃから、何も知らされないんじゃ。知る必要すらないわけじゃ。しょせん、わしは使い捨てにすぎんからのお」
老人は笑うのを止めた。
「この麻薬は、じきに押収されるのう。どこに処分されるかは、わしの知った事ではない。焼き捨てられるかもしれんし、警察のもんが誰かに横流ししたり密かに使ったりするかもしれんのお」
アーネストもそれは知っている。しかし、それは《危険始末人》の関わる事ではない。警察内部の腐敗を止められるのは、警察だけなのだから。
「さて若造」
老人は言った。
「ここに誰かが来る前に、きっちりとケリをつけようではないか。老人の長話につきあうのは、いい加減ウンザリじゃろうからな」
「言うまでもないこった」
「そうじゃ、最期に一つだけ聞いておこうか。知っているかね、《ファミリー》の存在を」
アーネストは頷いた。裏世界を牛耳る、政界ともつながりを持つ超巨大組織。
「そうか、知っているか。なら話は早そうじゃなあ。《危険始末人》の誰かがその《ファミリー》と密接な関係を持っているという話じゃからな。調べてみる価値はある。ま、聞いてみるなり何なりしてみるんじゃな」
何のためにそんな事を言うのか、アーネストには分からなかった。
「さて、おしゃべりはこれくらいにするかね」
「……」
暫時の沈黙。
張り詰めた空気が一瞬で動いた。
老人の左胸に、穴が開き、熱線銃を握った腕が、ダラリと垂れた。
アーネストの握っているレーザーガンの銃口は、正確に老人の急所に向けられていた。
「……終わったな」
銃をしまうと、死体となった老人のズボンのポケットから小さなマッチ箱が落ちたのを見て、彼はそれを拾い上げた。箱の中のマッチは、一本しか残っていない。
「こんな場所、なくなっちまえばいいのにな」
マッチに火をつけ、奥に積まれた麻薬の袋へそれを放る。袋が燃え、中の麻薬に火が回ると、脳をしびれさせるような甘ったるい匂いがあたりに立ち込め始めた。
アーネストは、老人の死体を一瞥した後、きびすを返して、倉庫から出た。
倉庫と、それに隣接した麻薬取引所は全焼した。近所から火事を見つける驚きの声が上がり、しばらくして、消防車のサイレンの音が響いてくる。じきに、消防車が到着するだろう。
裏通りの一角で、夜空を赤く染め上げる炎を見て、アーネストは呟いた。
「安らかに眠れよ、じいさん……」