免許を取ろうと思ったわけ



 三月にはいったばかりだというのに、気温は上がらなかった。雨が連日降って、外へ出かけるのがとても億劫になる。
「買い物に行くのも面倒なのよねえ」
 ヨランダは自室の窓から外を見ながら呟いた。今日で三日目。夜中だけ雨が止んで、あとはずっと降っている。その繰り返し。
「どうしたものかしらねー。冷蔵庫の中のものはだいぶ少なくなったし、それでなくても大食漢がいるんだし……やっぱり行くしかないか」
 残念なことに、今現在、車庫には車が無い。平日は、スペーサーが大学へ行くのに使っているからだ。だが、今家にあったとしても、ヨランダは運転免許を持っていないので、運転できない。いつも運転は他の二人に任せきりだ。
(歩いていくしかないわねえ)
 天気予報を見るのも忘れて、彼女はテレビのスイッチを切った。

 幸い、雨は小雨になっていた。大粒の雨の勢いは弱まっているものの、またすぐに降り出すだろう。急いで買いに行かなければ。
「でも、あの大食漢の胃袋を考えると、両手に荷物を持たなくちゃならないほど買わないと足りないのよね」
 アーネストが小食だったらどんなにいいかと、ヨランダは常々思っている。それでも傘を持って家を出た。商店街まで徒歩でおよそ十分。車なら数分でつける。小雨のうちに買い物を済ませたかったので、ヨランダは商店街へ走った。
 ちょうど店の開く時間に、彼女は到着した。店員たちが忙しそうに品物を出している。店内にはまだ客がいない。そんなに急ぐことも無かったかと、ヨランダは店に入った。
「ええっと、あれもこれも要るし、これも買ったほうがいいわね。全く、大食漢はこれだから困るのよ!」
 ぶつぶつ文句を言いながら、ヨランダはかごの中にどんどん食べ物を放り込んでいった。あっというまに、かごの中に食料が山積みになる。
「さ、大降りにならないうちにさっさと帰っちゃおう」
 しかし、会計を済ませてから、ハタと気がつくヨランダ。
「そういえば、この大荷物じゃあ、帰れない……!」
 さらに、店の外では大雨が降り始めていた。天気予報を見ておけばよかったと今更後悔。両手には持ちきれないほどの荷物を抱えている。タクシーを拾おうにも、財布の中には小銭が少し入っているだけ。携帯電話は家に忘れてきた。
「どうしよう。往復してちょっとずつ荷物を持って帰るしかないかしら」
 彼女の後ろに積まれた荷物。一人で全部持ち帰るには多すぎる。誰かに手伝ってもらうか、自分ひとりで店と家を往復して持ち帰るか……。
 悩んでいると、急に誰かが彼女の名前を呼んだ。顔を上げると、
「なにやってるんだ」
 店の駐車場前に、見覚えのある車が止まっている。そしてそれに載っているのは、スペーサーだった。
「あら、いいところに来てくれた!」
 ヨランダの顔はぱっと輝いた。

 スペーサーの本日の講義は午前のみだったのと、午後の会議の資料を自宅に忘れたので取りに帰ってきたのだった。そこで、ヨランダが店の前で立ち往生しているのを偶然見つけ、何をしているのかと声をかけた次第。
「あー、助かったわー」
 ヨランダは助手席に座って心底嬉しそうな顔をしている。後部座席とトランクには、買ったものが全部詰め込まれている。
「雨の中、買い物に行く必要ないだろう? 午後から晴れるんだから昼を待てばよかったのに」
「アラ、そうだったの。でも、急いで出てきたから天気予報聞いてなかったし。どのみち山ほど買って帰るんだもの、結果は同じよ」
「まったく……」
「文句があるなら、うち一番の大食漢に言ってちょうだいな」
「……文句を言うだけであいつの胃袋と食欲が縮まるなら、何時間でも文句を言ってやるさ」
 自宅に着くと、ヨランダはさっさと家に入ってしまい、残された荷物を運ぶのはスペーサーの役目になってしまった。いつものことだが。
 スペーサーは、会議の資料を自室から探し出し、さっさと大学へ戻ってしまった。ヨランダは食料を冷蔵庫に詰め込んだ。時間の経過と共に雨は徐々に弱まっていき、昼ごろには、スペーサーが言っていたとおり、降り止んだ。
「ほんとに止んだわね。でも、しけってるから洗濯物は干せないわね」
 すでに乾燥機に突っ込んだ洗濯物たちは、とうの昔に乾いていた。

 何日も外へ出なくなると、不精になるものなのだろう。ヨランダはまたしても外へ出かける気がうせていた。あたりは晴れ渡っているのに、洗濯物を干す以外に、外へ出る気がなくなっている。ひたすら部屋でごろごろしていたいのだ。
「でも、買い物行かなくちゃ駄目なのよね……。また冷蔵庫が空っぽ。でも、面倒くさいなあ」
 買い物に行かないわけにはいかない。しぶしぶ、晴れた空の下、買い物に出かけた。最近、食料のなくなるのが早くなってきて、以前より頻繁に買い物にいかねばならなくなった。それまでは、週末に一度行けばよかったのだが。
「もう! 食料を胃袋に詰め込んだら数週間くらい冬眠しててくれないものかしら。そしたら食費が浮くし、こうも頻繁に買い物に出かけずに済むのに!」
 アーネストの大食漢ぶりには毎回あきれ果てる。三人前をぺろりと平らげるのだから。
 ぽかぽかと暖かくなってきた昼、商店街へ歩いていく。店に入ると、ちょうど昼時だからか、そんなに人はいなかった。ヨランダは前回同様、山ほど食料をかごに突っ込んで会計を済ませた。
「さ、帰ろ! 今日はいい天気だし、タクシー拾わずに済みそうね!」
 早く帰ろうと急いで店を出る。
「あ」
 やっと、彼女は気がついた。
 両手に持ちきれないほどの、大量の荷物。
「ど、どうしよう……」
 前回と同じ失敗をしたことに気がつくのに、時間は要らなかった。

 一時間後。
「つ、疲れた……」
 くたびれきったヨランダは、荷物を冷蔵庫の前においたまま、ぐったりと床に座り込んだ。
「五回も行ったり来たりなんて、もうやだ」
 荷物は大量にあった。店に置かせてもらい、何度も徒歩で往復して、やっと全部の荷物を持ち帰った。そのたびに、持ちきれなくなるほど両手に荷物を持って。
「免許とれって、普段から言われてきたけど、とる価値はあるみたいね……」

「というわけで! 疲れるのイヤだから免許とることにしたの!」
 夕食のときにヨランダが声高らかに宣言しても、男二人は特に驚きもしなかった。
「そりゃ助かるな。いちいち私が買い物に付き合わなくてすむ。授業料はこっちで出してやるから、頑張ってくれ」
「んだな。俺も、買い物めんどーだし。お前ひとりで行ってくれるなら助かるな」
 顔を見合わせてから、二人そろってそんな事を言うので、ヨランダは頬を膨らます。
「もー、驚くとか喜ぶとかしてほしかったのに、反応冷めすぎ!」
『そう言われても……』
 男二人の反応は完全に冷め切っていた。

 後日。
「さ、書類も出したことだし!」
 教習所の前で、ヨランダは意気込んだ。
「がんばって、免許とってやるわ!」