謎の箱
「で、なぜ頼みに来るんだ」
スペーサーは、目の前にいる人物に向かって、不機嫌に言った。
「俺だってな、お前なんぞに頭下げるのヤなんだよ!」
アーネストはバンと机を叩く。その拍子に、羊皮紙が何枚か舞い上がった。
「けどな、どうしても俺だけじゃ駄目な依頼がはいっちまったんだ。お前が一緒じゃなきゃ解決しねえんだ。だからこうして頭さげにきてるんだよ」
「ふんぞり返ってるぞ」
魔法使いの指摘に、アーネストはかっとなった。が、相手を殴る直前、身体固定の術を叩きつけられ、彼の体は石のように動かなくなった。
「くだらん用事で私の時間を邪魔されるのは嫌いだが、気分転換に外に出るとしようか」
スペーサーはよっこらしょと立ち上がり、愛用の、無垢なる水晶を抱かせた杖を手に取り、外へ出た。使い魔のカラスがついてくる。それと同時に術が解け、アーネストの体は自由に動くようになった。
アーネストの受けた依頼は、森の近くにある富豪の探索であった。戦士ギルドは基本的に護衛や魔物退治を引き受けるが、時には探偵業も行う。しかしどうしてもアーネストでは手に負えないため、スペーサーの元へ来たのである。
森の近くに住む富豪が一年ほど前に行方知れずになった。それは町の誰もが知っている。しかし一体どうして行方不明になったのかわからないままなのである。依頼人は、その富豪の親族の一人であり、行方不明の富豪とは仲が良かった。最後にその富豪にあったのは、行方不明事件が発生する数日前。誕生日プレゼントを贈ったという。富豪が行方不明になってからは、その依頼人が財産管理を行っていた。遺言状はなく、富豪には子供もいなかったので、依頼人がその富豪の遺産を受け継ぐと噂されていた。
「今頃になってギルドに探させるなんて、わけがわからねえや」
アーネストはぶつぶつ言った。スペーサーは何でもない顔をして、隣を歩いている。
「屋敷直属の探偵でも駄目だったんだろう。だからギルドに依頼をしたんじゃないのか?」
「それならお前の占いの方が――」
言いかけてアーネストは黙る。スペーサーは薬の調合だけでなく占いも行うが、あくまでそれは自分のためだけにしか行わない。他人の運命に干渉するのは嫌いだと彼はいつも言っている。魔法使いにとって、占いは非常に重要なものなのだ。
さて、目的地に着いた。
かつて豪華絢爛であった富豪の屋敷は荒れ果て、内部には埃や蜘蛛の巣が張り巡らされている。家具はほとんどなく、親族が皆持っていってしまったのであろう。
スペーサーは術で杖の先に明かりをともす。彼の肩にカラスが止まると、彼は二言三言ささやきかける。すると、カラスがまた飛んでいった。
「さて、まずは屋敷を探険するぞ」
「さっきのカラスは?」
「心配いらん。怪しいものを見つけたら、それがどんなものであっても報告するように言ってやっただけだ。君の何倍もしっかり者だからな」
「うぐぐ……」
屋敷の内部は広いが、窓がある箇所が限られているため、窓のある南側以外は術の明かりがなければ暗闇に覆われて何も見えない有様だった。大広間、台所、浴室、踊り場。見ていけるところは見てまわった。だが、何も見つけられなかった。
今度は二階へ登る。すると、カラスが飛んできた。しきりにギャアギャアと騒ぐので、何か見つけたと推測するのは容易なことであった。カラスの案内で、行ってみると、その場所は寝室だった。
だが、床がひどく汚れている。明かりを近づけてみると、それは血飛沫の跡の様だ。さらに床の上に何かが落ちている。
「箱?」
何の変哲もなさそうな、一抱えもある箱。部屋の中央においてあるだけ。
「何が入ってるんだ?」
アーネストが箱に向かって歩き出そうとするが、スペーサーが制した。
「待て。行くんじゃない」
「なぜ、ただの箱だろ?」
「ただの箱が、なぜ持ち出されていないんだ? この部屋だけ家具がなぜ手付かずのままなんだ、あらゆる家具がこの屋敷から持ち出されたというのに。それに、あの箱の下の部分だけ、血飛沫の跡がないのは何故だ?」
言われて見るとその通り。箱の底の部分には小さな鋲が打たれているので、箱と床の間にわずかな隙間が見える。杖の明かりをより強化して床を照らすと、その箱の下の部分だけ、綺麗なのだ。
「アーネスト、その剣で箱を押してみろ。私の推測が正しければ、あの箱が原因で富豪が行方不明になったんだ」
真摯な表情のスペーサー。アーネストは長剣を背中から抜くと、慎重に狙いをつけ、ドンと強く箱を押した。
途端に、箱が開いて、ガチガチとせわしなく開閉を始めたではないか! その箱の縁には無数の牙が並び、箱の内部には目玉のような不気味な物体まで潜んでいる。
まるで猛獣が獲物に噛み付こうとするかのような迫力。アーネストは思わず後退した。カラスはやかましく鳴き叫んだ。
「な、何だありゃ……」
「ミミックだ。箱型の魔物だ」
「何だって! じゃ、じゃあ、この屋敷の富豪が消えたのは――」
「察しの通りだ」
スペーサーの言葉が終わるか否かという所で、彼らを見つけたミミックが飛びかかってきた。アーネストは長剣でミミックを強打して弾き返し、その隙に皆は部屋から出る。そしてバンと扉を閉めた。
ミミックが口を開閉させるガチガチという金属音を聞きながら、アーネストは歯軋りした。剣でミミックを弾き、ミミックが床に叩きつけられたとき、白くて固いものが床に散らばったのが見えたのだ。
依頼人は、ギルドで待っていた。そして、アーネストとスペーサーがギルドに姿を現すや否や、
「それで、謎は解けましたか?!」
「まあ、そんなところ」
スペーサーが答える。表情には出さないが、軽蔑と怒りを含んだ口調で。依頼人はそれに気づかず、笑いながら言った。
「私の親戚が消えた謎、早く教えてくださいよ。どこかに隠れているんですか? それとも本当に行方知れずなんですか?」
「ああ、そうだな。確かに隠れてたな」
今度はアーネストが答えた。そして依頼人の胸倉を引っつかんで――
「お前が送った、あの箱の中にな!」