大きなナマズ



「どうしようなあ」
《危険始末人》グズーアは呟いた。アグア星出身の半魚人とはいえ、彼も《危険始末人》である。魚特有のまん丸な目を瞬きさせる。
「どうしようって、なんで私に聞くんだ」
 スペーサーは目の前の光景に目をやったまま、嫌そうに答えた。
「私を引っ張ってきたのは君だろうが。それが『どうしよう』では困る!」
「しょうがないべな。まさかこんなでっかいもんを水の中から手で運び出せって言われるなんて、全然思ってなかったかんら。依頼は探し物だったんだし、手の空いてたおまいを引っ張って来ようと思っても、しょうがないべな」
 二人の目の前には、広いプール。深さは二メートル。なみなみと水をたたえ、プールサイドは綺麗に掃除されている。が、その典型的二十五メートルのプールの底には、体長十メートルの巨大な地球産改造ナマズ。ナマズはこのプールで飼われている。そして、この依頼では、今日中にナマズの飲み込んだデータディスクを吐き出させて欲しいという。そのためには、まずナマズをプールから引っ張り出さねばならない。
「ナマズ言うからさ、てっきり手のひらに乗る程度のもんだと思っとったわけよ」
「が、見当違いだったというわけか」
 依頼主はこのプールを所有するアグア星小学校の校長。趣味で地球産のナマズを飼っている。半魚人が魚を飼うというのが、地球人には何とも形容しがたい違和感を抱かせるのだが、当の本人たちは特に気にしていない。アグア人から見れば、哺乳類たる人間が哺乳類を飼うことに違和感を抱いてしまう。お互い様。
「おい、どうするグズーア。私はナマズのことなんかさっぱり知らんぞ」
「知らん言われてもな、おまいはおれに何を求めてるんら」
「このナマズを引っ張り出す器具をレンタルする時間が無い以上、何とかしてナマズをプールから飛び出させたいんだ。そのためにナマズを刺激して驚かせたい。あのナマズを刺激する方法が知りたいんだ。苦手なものや嫌いなもの、思わず飛びつきたくなるもの……」
「なんら、そんなことか。けどおれが知ってるのはアグアのナマズだけだぜ。地球産のナマズなんか知らないに等しいんら」
「それでも、魚どうしなんだから、共通する事はあるんじゃないのか? エラ呼吸するとか」
「そうらな〜。そいつだけは共通してるはず」
 二人が話をする間も、巨大なナマズは悠々とプールの中でひげをくゆらせている。
「てーかさ、スペーサー。学校の図書館に行って調べりゃいいんじゃないかんら?」
「おう、そうだ」

「というわけで、ナマズについて調べたわけだが」
 スペーサーは大急ぎで戻ってきたので息を切らしている。プールの中のナマズは相変わらず優雅にひげをくゆらせている。
「まず地球産ナマズは、改造されていることもあり、エサを山ほど食べるわけだ」
「うん、そうらな」
「貪欲なこのナマズは雑食性で常時空腹、餌を見たら即座に食いついてくるはず」
「そうらな」
「というわけで、校長にこのナマズの餌をもらう! そしてそいつをナマズに見せれば、食うために飛び出してくる!」
「そんなわけで、おれらはこの学校の廊下を歩いているんらな」
 校長室にて、校長からナマズの餌について聞いてみる。魚面の校長は、口の脇に伸びたコイのようなひげを引っ張りながら、
「あのナマズんは何でも食べるんじゃがな、普段から食わせているのは、こいつじゃ」
 校長が金庫の奥から餌を引っ張り出してデスクの上にドサリと乗せる。いいにおいが校長室に充満する。
「とにかく早くあのナマズんからデータディスクを吐き出させておくれ。あれがないと困るんじゃ、今日中に何としても取り返しておくれ!」

「まさかこんなのを毎日食わせていたとは。大きくなって当然だ」
「豚はアグア星じゃあ金を払わんでも手に入るもんらから。とにかくあのナマズに食わすべな」
 二人が引きずってきた餌。豚の丸焼き。ずいぶん太らせた豚で、焼いて水分をとばしたとはいえ、それでも手で持ち上がらないほど重い。それを引っ張り出してデスクに載せた校長の怪力……。
『よいしょっ』
 二人は、ロープを巻きつけた豚の丸焼きを引きずり、プールサイドに移動する。プールの中のナマズは退屈しているのか、浮かび上がって仰向けになっている。日光浴でもしているのだろうかと思われる格好。が、ちょうどナマズの目が豚の丸焼きを見つける。まだ二人は移動中。ナマズは素早く体の向きを変えた。その拍子にプールの水が派手にはね、そこらじゅうに散る。
「あいつがもう餌を見つけたんら!」
 グズーアは、元から青ざめた顔をさらに青くする。巨大なナマズは尾を振り、一直線に突進。プールの中から勢いよく飛び出した。高波が起きる。十メートルもの巨大なナマズが空中に姿を現す。その姿に思わず圧倒される二人。押しつぶされでもしたら……。
 思わず二人は餌を手放し、逃げた。ナマズはプールサイドにズシンと派手に落下。しかしそれでもピンピンしている。餌を食べようと口をあける。あっという間に餌を飲み込む。それからプールに戻ろうとするものの、急に身をよじり始めた。
「しめた! 薬が効いた!」
 ナマズはじたばたする。水が飛び散り、二人の体をぬらす。やがて、ナマズは口を開け、げろりと胃袋の中身を吐き出した。異臭があたりに立ち込め、吐き気を催す。先ほど飲み込んだ豚の丸焼きと、正体のわからないドロドロの物体、そして真っ黒な四角い箱。
「これか? データディスクは……」
 ベトベトで触りたくない。四角い箱は特殊金属製で、ナマズの胃袋に呑まれても溶けずに生き残っていたようだ。ロープをひっかけてナマズの側から引き離す。
「うん、暗証番号入力のロックがかかってる。たぶんこれだろう」
「おー、やっと手に入れたんらな!」
 ナマズがいきなり身をよじり、げろげろと胃袋の中身を再度吐き散らした。身をよじった拍子にナマズの体がプールのふちからすべり、ナマズはプールの中へと落ちた。

「いやー、ありがとうごじゃいます!」
 校長は嬉しそうに、青い顔を精一杯嬉しさで赤くして、四角い金属の箱を受け取った。
「そりゃどうも……」
 二人の《危険始末人》は、プールの水とナマズの粘液にまみれ、べとべと。
「このデータディスク、生徒たちの成績表なんじゃ。餌をあげておるときにうっかり落としてしまってのお。おお、さすがは金属製、ナマズの胃袋に入っても生き延びておったか!」
 まるでそれの存在が命に関わるといわんばかりに、校長は金属の箱のよごれを丁寧に拭い取り、金庫にしまった。
 校長は、二人に言った。
「ところであのナマズに吐き出させた後、プール掃除はしてくださったかの?」