大きなナマズ再び
「またナマズか?」
スペーサーは目の前の大きなプールを見つめ、忌々しそうに言う。
「そう嫌な顔すんなや」
アグア星出身の《危険始末人》グズーアは、その魚のような目をぎょろりとプールへ向ける。彼らの視線の先にあるプール。どんな学校にもある、二十五メートルプールだ。その中には、地球産の、体長およそ十メートルという改造ナマズが飼われている。
「このナマズに今度は何を飲ませたんら、この校長」
以前にも、アグア星の校長に、飼っているナマズの呑み込んだデータディスクを吐き出させてほしいという依頼を受けたことがある。そして今回も……。
「また同じものを飲みこませるとは。一体どれだけ不注意なんだ、この校長は」
ゆうゆうとプールの底を泳ぐナマズの体内に、データディスクが入っているのだった。
「前回、おれらはどうやって吐き出させたんだっけかあ? おぼえてねえべ」
「確か、嘔吐誘発剤を仕込んだ餌の豚を食わせて、それを利用して吐き出させた。思い出したくもないがな」
「じゃ今回も、おんなじこと、やってみっか」
「そうだな。だが以前のように、ずぶぬれになりたくはないな」
「そいつは気ィつけるべ」
スペーサーとグズーアは、再び校長室へ餌をもらいに行った。
「ああああ、急いでくださいよ、今日中に教員にわたさねばならんのですから!」
「わかってんべ。だから、餌くれんかね」
「わ、わかりました!」
校長は、全身から汗(なのか水なのかわからないが)を垂らしながら、それでも、豚の丸焼きをくれた。前回同様、ふたりがかりで運んだ巨大な豚の丸焼きを、校長は自分の腕であっさりと運搬用の台に載せる。
「さ、餌はお渡ししましたから、急いでくださいよお。うちのナマズんは何でも食っちまいますから、あんたらも食われんように気をつけて」
というわけで、ふたりの《危険始末人》は、運搬用の台をふたりがかりで押しながら、プールへ再び向かった。もちろん、豚の丸焼きの中に、即効性の薬をきちんと仕込んだ上で。
「前回は、プールサイドに来る前から、餌を見つけられてしまったな。うかつに近づいてしまうと、今度はこちらも飲みこまれそうだが……どうしたものかな」
スペーサーは、数メートル離れた先にあるプールに目をやる。ナマズの姿は見えない。だが、うかつに近づくと、前回同様、飛び出してくるかもしれない。
「とはいったものの、このままここへ置いておくわけにもいかんべ」
グズーアは、肩をすくめた。これは、アグア星では、「駄目」を意味するジェスチャーだ。当然、《危険始末人》である以上、引き受けた依頼を放り出してしまうなど、絶対に許されないことだ。だから、何としてでも、ナマズに餌を食わして、データディスクを吐かせねばならない。
「おれらの体が濡れたって、結局はディスクを吐かせればいいんらから、このまま突っ込んでいけばいいんでねえべか」
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「うーん」
結局はグズーアの言葉通り、ディスクを吐かせるためにはまず餌を食わせねばならないため、まずは餌をプールサイドへ運ぶことになった。重い運搬台を二人がかりで押し、通路を抜けて、広々としたプールへと出る。まぶしい太陽がプールの水面に反射し、そよ風がさざ波を起こして、波はきらきら輝いている。
ナマズの姿は、光の下に隠れて見えない。だが、豚の丸焼きのにおいを嗅ぎつけて、食欲に任せていつプールの中からとびかかってくるのか、全く予測がつかないのだ。スペーサーもグズーアも、運搬台から豚の丸焼きを下ろしつつも、プールから決して目を離さない。
二人が、薬入り丸焼きをどっこらしょとプールサイドへ下ろし、さっと腰を上げて退避の姿勢を取った!
ざばあっと大きな水音を立てて、プールから巨大なものが跳びあがってきた!
「きた!」
それはもう予想できていた事。《危険始末人》はすぐプールサイドから離れる。ナマズは大跳躍の後、プールサイドへ落下。ちょうど、豚の丸焼きの真上に落ちた。そのまま餌を一口で呑み込む。
「よし、呑み込んだ。後は薬が効くのを――」
おえええええええ!
不気味な大声を上げながら、派手にのたうちまわって巨大ナマズが口を開け、嘔吐した。胃液、豚の丸焼き、四角い黒箱……。
ナマズは胃液を吐き散らしながらのたうちまわり、最後にはプールの中へと戻っていった。ざぶんと派手に波がたち、プールサイドを濡らす。
《危険始末人》たちは、胃液まみれで異臭を放ちながらも、黒箱を回収した……。
「いやあ、またありがとうございます! これで、教員に生徒たちの成績表をわたせます!」
校長は大喜びで、異臭を放つ黒箱を受け取った。一方、《危険始末人》の方は、報告前にプールに設置されているシャワーを浴びて胃液を洗い流したものの……体と制服にしみついた悪臭はちっともとれていなかった。
「今回はプールサイドの掃除もしといたかんら、そこらへんも余分に謝礼をもらえるとありがたいんらけろ」
グズーアの言葉に、校長は箱のぬめりをとりながら、そうそうとうなずいた。
「わかっとります。それではこれを」
背中の巨大な金庫を開け、その中から取り出し、
「大サービス、どうぞ。アグア星産の豚だから、地球のひとにはちょっとくどいかもしれませんがね」
先ほどの二倍もある、豚の丸焼き。
その報酬は結局受け取って食べることにしたが、スペーサーの口にはあわなかった。数口食べただけで異常に胸やけがして、それ以上食べられなくなったのだ。残りはグズーアが食べたが、それでも丸焼きが大きすぎたために食いきれず、《危険始末人》の基地へ帰る途中、宇宙艇の中でちょこちょこ食ってようやっと骨だけにすることができた。
「とうぶん、豚肉は食いたくないべ」
「そのとおりだ……」