ちいさな悩み



 子守から戦闘まであらゆる依頼を引き受ける《危険始末人》。
 きわめて多額の報酬さえ支払えば、己の手を汚す依頼も引き受ける。そんな噂がたつのは、戦闘に長けた《危険始末人》が何人もいるからだろう。実際、本当にそのテの依頼をする者がいるのだから、うわさが飛び交っても不思議ではないのだ。
 依頼主は主に警察。護衛の依頼ではなく、標的の暗殺である。法律や市民の目にさらされどおしの公的機関なのだ、証拠を握っていない状態で逮捕は出来ない。ならば相手が高跳びする前に消してしまおうと、《危険始末人》に莫大な金を渡して依頼をするのだった。
「市民を襲うであろう《危険》をとりのぞくため」に。

 業務時間を終えて閉店した、旅行代理店。
 シャッターが下りている先には、社員のいないがらんとした店内があるばかりだ。その奥へ行くと様々な旅行の資料がおかれた小さな倉庫がある。
「……これで終わりか」
 床の上に広がる血の海へとくずれおちた社員の死体を見て、アーネストはぽつりと言った。死体の手には、密輸品の旧式光線銃が握られている。
「おい、そっちはどうだ?」
「これで全部だヨ」
 軽く返答した、クロヒョウのような外見をした《危険始末人》オロロンは、ぺろりと舌なめずりをした。アーネストと同じく戦闘系《危険始末人》で、血に飢えやすく、よく戦いを求めては集落ごとに闘技場を作って戦いあう物騒な星の住人である。そのため、護衛や傭兵としての仕事につく事が多い。
「もっといないかナ?」
「これでおわりだろ」
 オロロンの周りには、八人もの社員の死体が転がっている。いずれもナイフや銃を手にし、オロロンに襲いかかろうとしたが返り討ちにあったのだ。
「つまんなイ」
「さっさと帰るぞ。長居すると厄介だからな」
 アーネストはそっけなく言って、旅行代理店の裏口から外へ出た。オロロンも仕方なさそうに、それについて行った。
「ちえー。もっと戦いたかったナ」
「さっさと行くぞ!」
 ドアは閉められないまま。二人の《危険始末人》が外へ出た後、警官が何人か入っていった。

 新聞の見出しには、こう書かれていた。
『旅行代理店社員殺害事件』
 旅行代理店は炎上し、中の死体たちは皆燃えた。警察は記者たちに「社員たちは強盗に殺害されたのではないか」と情報を与え、記者たちは素直に飛び付いた。
「そんなワケないだろ」
 基地の談話室で、新聞をぽいと放り投げ、アーネストはソファの背もたれに深く体を預けた。
「俺達がいなくなった後で、警察が放火したんだから……」
 あの旅行代理店は、密輸グループのひとつだったのだ。だが密輸の証拠固めが不十分でない時にその店が業績不振で閉店することが決まったので、手下に逃げられる前に証拠品だけを押さえてしまおうと、功を焦った捜査課が《危険始末人》に依頼を出したのだった。密輸の証拠自体は旅行代理店にはなかったが、密輸品を押さえる事だけは出来た。
「サツの連中も手を出せない奴らは、《俺ら》が手を出す。……ただのサツの代理人じゃねえか」
「それが依頼なんだからしょうがないヨ。でも俺は満足ヨ」
「そりゃそうだろーよ」
「なんだ、オマエ。お前は満足してないのかヨ」
「俺は血に飢えてるわけじゃねえんだよ!」
 生存する術だけが必要だったスラム育ちのアーネストにとって、殺人はすでに日常茶飯事。朝出遭った者が、夕方には身ぐるみはがされて路地裏で死体となっている事など珍しくもない。彼自身も大勢手にかけてきた。いちいち相手の顔など覚えていない。スラムを飛び出してからもその生活は続き、警察に何度も捕まったがそのたびに逃げ出していた。《危険始末人》となっても、逮捕される事は無くなったものの、かつての生活はほとんど変化していない。生きのびるために殺すのではなく、誰かに頼まれて殺す。それに変わっただけだ。
(生きのびるためにいろんな奴を手にかけてきたが、今度はサツの手先になっちまうなんてな)
 アーネストは談話室を離れて自分のデスクに戻った。報酬は振り込まれているが、昔の事を思い出すと、それがどんなに高額であろうとも嬉しさは感じない。……もう次の依頼が来ている。
「なんでまた子守なんか……」
 だいぶ前に受けた依頼の主。発情期のアリクゲーターを飼っている少女からのものだ。一週間、両親が仕事で出かけてしまうから、その間一緒に遊んでほしい、というものである。報酬の額は、捜査課がアーネストとオロロンに提示したそれよりも遥かに高額。金持ちの少女にとっては小遣い同然の金額なのであろう。アーネストは頭をかいたが、やがて承諾の返事を出した。
(サツの手先になって殺しまくるよりは、いいだろ)
 そう思い、彼はさっそく依頼主の元へ出かけたのだった。

 アリクゲーターと一緒に「遊ぶ」ことになる、ということを知らずに。