落し物は金の像



「うーん……」
 モニターの前で、スペーサーがうなっていた。その肩越しにヨランダが話しかける。
「何悩んでるのよ、依頼のこと?」
 ヨランダがモニターを見ると、彼を指名する依頼がある。報酬の額は何と三十万クレジット。しかしその依頼人は女性であった。ある依頼で上半身を複雑骨折して以来、彼は自分より年上の女性(特にオバハン)恐怖症に陥っていたのである。だから悩んでいるのだ。
「行かなくちゃ駄目でしょう。あなた宛なんだし」
「行かなくちゃならんのは分かっている。が、行きたくない……」
 ヨランダは、スペーサーの襟首を掴んで立たせると、有無を言わさず引きずった。

「依頼したのは他でもない、このワタクシです」
 スペーサーを指名した依頼人は、地球在住の壮年の女性であった。顔立ちは錐のように鋭く、目も細い。見るからにきつそうな印象を与える。声もどこかとげとげしい。着ている服は豪華ではないが、あえて質素にしているのだといわんばかり。
「ワタクシは一人にだけ依頼したはずです、なぜもう一人いるのです?」
 ヨランダを見る。ヨランダは言った。
「あ、アタシはただの付添い人です。今日の彼、ちょっと体調が悪いらしくて」
 すぐ脇にガチガチになって立っている、冷や汗を流しているスペーサーの脇を小突く。依頼人は、顔色の青ざめた彼を見て、ヨランダの言葉を本気にしたようだ。
「あらまあ、若いうちから病気とは、先が思いやられるわねえ。ただでさえ細っこくて頼りない体つきしてるのに、これじゃあ若死にしそうね」
 さて、依頼の内容は、落し物探しである。落したものは、純金の猫だという。
「ワタクシの飼っている猫の金の像なのです。重さは、そうね二十キロはあるかしら。とってもセクシーなポーズなのです。この間、細工師に運んできてもらったのだけれど、部屋に運んだ翌日になくなったのです。ワタクシも探したんですがね、見つからなくて」
 猫の写真を見せてもらったが、体重が十キロを優に超えたと思しい、気の毒なほど肥満した猫。血統は良いかもしれないが、この達磨のような体型が魅力を半減させている。この猫を忠実に再現した像だというのだから、重さが二十キロというのもうなずけた。
「この屋敷の中にあるのは間違いありません。急いで探してください。家宝なんですから」
 というわけで、屋敷の中で、純金の猫の像を探すことになった。
「こういうのを『落とした』とは言わない気がするがなあ」
 メイドに、猫の像が置かれた場所に案内された後、スペーサーは呟いた。
「純金というだけでも目立つのに、しかも二十キロの重さがあるものを、人がそう簡単になくすとは思わんが」
「じゃあ、どうしてなくなったの」
「誰かが隠したのかもしれない。そう仮定して探したほうが早いだろう。それに、警察に届け出ずに我々に依頼した理由も、知りたいものだな」

 この屋敷専属の細工師の元へ、ヨランダは訪れた。
「ちょっとお聞きしたいんですが……」
《危険始末人》のIDカードをみせると、細工師は顔色を変えた。
「わ、わ、わたしゃ何もしてませんよ!」
「あ、いえ。ちょっとお尋ねしたいことがあるだけなんです。そんなに怯えなくっても」
 落ち着きを取り戻してきた細工師に、ヨランダはあの猫の金の像について質問した。

「なるほど、こういうことなのか」
 スペーサーは、愛用のミニコンピューターを使って検索結果を眺め、軽く口笛を吹く。画面にはこの屋敷の見取り図が、もう片方には折れ線グラフが表示されている。彼はメイドや執事に、この家の女主人や友人関係について等様々なことを聞き、そしてある事を調べていたのである。依頼人たる女主人は、今、茶会に呼ばれて出かけていた。
 彼が更にいくつか検索をかけていると、ヨランダが戻ってきた。そして調査結果を彼に伝える。
 最後に、執事に密かに頼んで、女主人の部屋に立ち入らせてもらった。基本的に、探索系の《危険始末人》は、私室に立ち入ることも許される。そうでもしないと見つからないものもあるからだ。しばらく部屋の中を見回っていると、彼は何か発見したようだ。
「それで、猫の像の場所はわかったの?」
 ヨランダが問う。スペーサーはうなずいた。
「大よそ、わかっている」

 女主人は、帰宅すると、部屋に帰り、そこにいたスペーサーに言った。
「それで、像は見つかったのですか?」
「もちろん」
 スペーサーは、やはりガチガチになりながらも自信ありげに言葉を返す。対してヨランダは少し不安そうである。依頼人である女主人は、その鋭い目を、疑わしげにスペーサーに向けた。
「で、どこにあるのかさっさと言いなさい」
 言われるまでもないと言わんばかりに、スペーサーは依頼人を指す。
「あなたが持っているんだ」
 その言葉に、ヨランダも依頼人も飛び上がった。
「ちょ、ちょっとスペーサー……」
「な、なぜワタクシが像を……」
 それ以上言わせず、スペーサーは、部屋の真ん中にある豪華な寝台の一部を蹴る。すると、蹴られた部分がバネ仕掛けで跳び上がった。さらに、その下には、猫の金の像が無造作に置いてあったのだった。

 彼の口座には、二百万クレジットが振り込まれていた。報酬は、依頼の際に提示された時の、六倍以上もの額である。
「一体どういう事?」
 基地に帰ってから、ヨランダはスペーサーに問うた。
「ああ、あれは、単なる保険金詐欺だったのだ」
 口座の中を確認した後、彼は説明した。
「元々あの依頼人は、あまり裕福な家柄ではなかったが、気位は高いので、借金ばかり重ねていたそうだ。飼い猫があれだけ肥満だったのも、獣医の忠告を無視して高級な肉や魚を与え続けた結果だった。金を借りる相手は茶会の友人からだった。しかし、そろそろ借金の返済が近づいてきたので、家専属の細工師に飼い猫の金の像を作らせた、報酬は全て後払いでな。借金の返済に充てるために、猫の像に保険金一億クレジットをかけ、自分で隠した。そして無くなった事にして《危険始末人》に探させた。警察に捜させると自作自演だとばれて逮捕される恐れがあったからだ。《危険始末人》には逮捕状を発行する権利はないからな、仮にばれても大丈夫だと思ったんだろう。もっとも、私が内部にかなり立ち入って探すとは考えていなかったようだがな」
「でも、なんで保険金のことなんか知ってるの? それに一億なんて額、一体どこで知ったの?」
 ヨランダの問いに、スペーサーは、胸のポケットから一枚のカードを取り出した。少し厚みがあり、表が血のように赤くて、裏側に無数の二進法コードがびっしりと刻まれている。
「これ、何だか分かるか?」
「何って……まさかそれは!」
「察しの通りだ」
 スペーサーは手の中のカードをよく見せる。それは、特殊プロテクト処理を施したカードだった。上級のハッカーの垂涎の的である、ハッキング必需品の一つ。これを用いてハッキングすると、カードの特殊な記号がセキュリティプログラムを無効化し、相手のセキュリティプログラムはこちらのコンピューターを特定することが出来なくなる。
 ヨランダは、青ざめた。
「まさかあなた、保険会社にハッキングを……! そしてその桁違いの報酬は、脅迫したの?!」
「脅迫などしていないさ。向こうから支払ってきたんだからな。それに、利用できるものは、何でも利用しないとな」
 スペーサーは、にやにや笑った。