宇宙獣にご用心



 セカンド・ギャラクシーには、いつも様々な星からの宇宙船が停泊する。操縦士の仮眠をとるためだったり、観光気分で立ち寄ったり、商業取引の待ち合わせ場所に使われたり。
 色々な目的で入ってくる宇宙船だが、その中に、地球外銀河の第八惑星プラーからの船があった。星で産出する鉱物がダイヤモンド原石であるため、その原石を加工して立派なダイヤモンドにし、地球へと輸出するのである。代わりに地球からは、プラーのエネルギー資源である大量の二酸化炭素を輸入する。プラーとの貿易により、地球は温暖化問題から抜け出すことが出来たのである。
 さて、そのプラーの船には、困った生き物が潜んでいる。その名も、ムルムル。ピンクの長い体毛を持ち、薬剤実験にも使われているその生物は、宇宙生物学では、短期間で繁殖する動物として有名である。しかも、繁殖に必要なのはわずかな酸素と金属。酸素のある場所あるいは金属のある場所においておくだけで、勝手に繁殖するのである。それゆえ地球を始めとした、酸素を用いて生きる環境の星には、そのムルムルは持ち込み禁止となっている。なぜなら、酸素と金属を与えるだけでそれこそネズミ算のごとく無限に増えていくのだから、駆除が大変なのである。

 セカンド・ギャラクシーに、休憩のために到着したプラーの船の積荷から、一匹のムルムルが転がり落ちた。

「ええと、宇宙船は、プラーからだな」
 宇宙船をクレーンで格納庫へ運んだ後、アーネストは積荷の内容を確認する。
「ダイヤの加工品と、それから、鋼が少しか。まあいつもの通りだな」
 その時、管理室の戸の隙間から、可愛らしい兎が入ってきた。
「ん? 何で兎が?」
 ひょいと首の付け根を掴んでつまみあげる。その兎は、かわいらしい目でアーネストを見つめた。
 つまみあげた兎の後ろに、十匹もの兎が目に入った。
「何でこんなに? お前の仲間か?」
 アーネストはその兎を何匹か抱き上げ、両腕に抱えて管理室を出た。餌でもやろうかと思ったのである。途中誰とも出会わず、彼は兎を抱えたまま、てくてく歩いていった。彼の後ろから、残りの兎達もついてきた。
 途中、あの忌まわしい医務室の前を通りかかったとき、ドアが開いてスペーサーが出てきた。小用で医務室をあけるところらしく、手にはクリップボードを持っている。アーネストとぶつかりかけ、慌てて一歩下がる。だが、彼の目は、アーネストの抱いている兎と、その背後の光景に釘付けになった。
「なんだよ」
 見つめられている理由が分からず、アーネストはむっとした。
「別に俺は――」
「その生き物、どこで拾った?!」
「どこって、管理室……。これ、ただの兎だろ?」
 スペーサーの緊迫した表情の理由が分からないアーネスト。だがスペーサーは首を振った。緊張した表情のためか、声が裏返っている。
「そいつはムルムルだぞ!」
「むるむる?」
「金属喰いの害獣だ! 後ろを見てみろ!」
 アーネストが後ろを振り返ると、ついてきたはずの何匹かの兎が何十匹にも増殖し、なおかつその兎たちはステーションの壁の金属をバリバリと歯で食いちぎっていた。腹が膨れると、その兎はうなってもう一匹の小兎を産み落とし、その小兎がまた壁を食いちぎってすぐ大きくなっていく。
「な、何なんだよこれ……!」
 アーネストの腕の中から、抱いていた兎達が落ちる。床の上でポンポンとはねたあと、壁や床をかじり始めた。
「一体どこから入り込んだんだ」
 スペーサーは医務室に飛び込み、団子状の白い物体をいくつか手にして戻ってくる。そしてその団子らしきものをムルムルの群れの中に投げつけると、十匹ほどのムルムルが瞬時に黒い塊となり、動かなくなった。
「何だよその団子……」
「駆除剤に決まっているだろう!」
 スペーサーは次々に駆除剤を投げ、半数以上のムルムルを駆除した。だが、残りのムルムルは、駆除剤の破裂音に驚いて、四方八方に逃げてしまった。それを見た彼は、ぼんやりと突っ立っているアーネストに怒鳴りつけた。
「さっさと警戒態勢を敷け! ステーションがムルムルに食い荒らされるぞ!」

 数分後、ステーション全体に、ムルムル警戒態勢が敷かれた。全ステーションの部屋という部屋、通路という通路が、ムルムルの生体反応がないかチェックされ、もし見つかれば専用の駆除剤を投下される。警戒態勢が敷かれてからわずか三十分で、ほとんどのムルムルが駆除されたが、残りはどこかに隠れているらしかった。生まれたてのムルムルは生体反応が弱いのである。管理室では、ずっと管理課の面々がカメラを睨みつけていた。子供のムルムル一匹を取り逃がしただけでも大変なことになるからだ。
 アーネストは、ムルムルをうっかりステーション内へ持ち込んだ罰で、仲間からの連絡を受けて、ステーションを走り回ってはムルムルの駆除を行っていた。
「ああ疲れた」
 この言葉を言う間もない。あっちこっちで駆除しろといわれ、走り回り続けているのだから。
 ステーションの倉庫のドアに、小さな穴が開いているのが見えた。ちょうど仲間から通信が入る。その倉庫の中に、弱い生体反応があったという。
 アーネストは倉庫のドアを開ける。中は暗いが、ライトは自動的に点灯した。
「あっ」
 何匹かの赤子のムルムルが、倉庫の床をかじっている。アーネストはすぐに駆除剤を投げつける。床をかじっているのに夢中だったムルムルの赤子は、駆除剤から逃げる間もなく、駆除された。
「終わった……。ちょいとかわいそうだったけどな」
 アーネストはほっと息を吐いて、倉庫を後にした。

 ムルムル騒動から数十分後。ステーションが落ち着きを取り戻し始めた頃に、アーネストが医務室を訪れた。
「何だ、管理課の奴が来るとは珍しいな」
 カルテ整理をしていたスペーサーは、その来訪に驚きを示した様子もなかった。
「で、何の用なんだ?」
 問われたアーネストは、両手の中に乗せているものを見せる。それを見るなり、スペーサーはぎょっとして椅子から腰を浮かした。
 それは、ピンクの体毛を持つ子供のムルムルだった。可愛らしい目をくりくりと動かし、周りを見ている。
「一体どこに潜んでいたんだ、駆除し損ねたのか?」
「俺の制服にしがみついてたんだよ。でも、子供だから駆除するのも何だし――」
「なぜ駆除しない?!」
「話を聞け、藪医者! この何とか言う動物、飼えないかって聞いてるんだ!」
 アーネストの言葉に、この若手医師は目を丸くした。
「飼いたいだって? 頭でも打ったのか? ムルムルは害獣なんだぞ。金属と酸素だけでどんどん繁殖することは、もう経験済みだろうに」
「わかってらい。だから、繁殖できないようにする方法はねえのかって聞いてるんだ」
 相手の真剣な表情。スペーサーは椅子に座りなおし、ムルムルを見る。生まれて間もない、まだ餌も食べていないはずである。
「……この段階なら、去勢すれば何とかなるかもな。だが、金属はどうするんだ。害獣とはいえ、ムルムルは生き物だぞ。ステーションの壁などを食わすわけにはいかない」
「金属くずなら倉庫に山ほど転がってる。ほとんどが使い物にならねえような質の悪い鉄くずばっかで、処置に困ってる」
「……」

 後日、アーネストはその去勢されたムルムルを作業服のポケットに入れて、仕事に出かけていった。ムルムルがいるというので仲間達からは驚かれたが、去勢したから大丈夫だとアーネストは何度も説明し、説得した。
「大丈夫だって。慣れれば結構かわいい兎なんだからよ」
 作業服のポケットの中で、そのムルムルは、かわいらしい目を瞬きさせていた。