新しいプリンター
「やっと到着したのね! 最新型プリンター!」
ヨランダは目を輝かせ、他の事務員たちと同様、目の前に置かれた小型のプリンターを見つめる。唯一の事務用プリンターが壊れ、地球時間で三日、このプリンターが届くまでの間に、刷るべき書類が山ほどたまってしまった。医務室にもプリンターはあるのだが、あいにく大量印刷には向かないもので、そんな事をすれば医師から小言をもらう以外に印刷時間も倍以上かかってしまう。そのため、急遽地球に新しいプリンターを申請したのだった。
「快適ねえ、どんどん紙が吐き出されて、紙詰まりも起こさないわ!」
さっそく事務員たちは書類の印刷を開始する。事務作業は電子処理の多い地球だが、このS・Gは未だに紙処理。おそらく他の地球外銀河のステーションも同じだろう。ステーションは新しく建てるくせに、変なところで予算をケチる。
「今日中に全部済ませてしまいましょ。これなら、残業しなくて済みそうよ!」
地球時間で二日後。
管理課に、プリンター修理の依頼が届く。
「届いたばっかなのにもう壊したのかよ」
マニュアルをろくに見もしないで、アーネストはプリンターの修理を始める。
「しょーがないでしょ。印刷しなくちゃいけない書類が山ほどたまってたのよ。だから山ほど印刷したの」
「サクサク印刷できるから、調子に乗って刷りまくってたってか」
「文句ある? とにかく、プリンターが直らなくちゃ仕事がはかどらないんだから、さっさと修理しちゃってちょうだい」
へいへい、と口の中で返事をしながら、アーネストは小さなプリンターの中に手を突っ込んだ。最新型の紙用プリンター。今も細々と生産されているのは、事務用予算をケチるために地球外銀河のステーションで使わせるためなのだという噂が立っている。医務室のプリンターも紙用なのだから、噂の真相は本当だろう。
修理は五分程度で終わり、プリンターは元通り紙を吐き出し始めた。
ヨランダは再び印刷に取り掛かる。書類は全部作成した。他の事務員が地球からの応対に追われている今、プリンターから吐き出される紙を束ねて処理できる暇があるのは彼女しかいない。
ウィンウィンと音を立てて、次々に紙が吐き出されてくる。一定枚数が吐き出されるごとに束ねてフォルダに押し込む。退屈な作業ではあるが、事務作業には欠かせないものだ。
「はー。ようやく全部印刷できたわね」
印刷を終えると、今度は次の書類を千枚印刷しなければならない。今度は大量の紙を印紙トレイに突っ込み、印刷スイッチを押した。
印刷を待っている間、彼女は別の作業を再開する。
「綴じ込みは終わったから、今度はステーションの勤務票更新の用紙を作らないとね」
ステーションに勤務している者は誰であれ、勤務票なるものを地球の本部から送られる。これを持っていないと、ステーションの不法滞在とみなされる。さらにそれは一年おきに更新しなければならない。パスポートのようなものだ。手の空いた一人に手伝ってもらいながら、ヨランダはステーションの勤務者のリストを見て書類を作っていく。
ピーと音が鳴り、プリンターが印刷を完了したことを伝えてきた。ヨランダは千枚にもおよぶ書類を何とか排紙トレイから持ち上げ、傍らのデスクに置いた。
「これ、処理しておいて」
「あいよ」
それから彼女は自分の仕事を再開した。
「んもう! これだから事務課は大変なのよね」
休日。地球の曜日で言うと月曜日。
一応休日が設定されているとはいえ、何かあると頼られる管理課と医務室はほぼ休みなしに近いのだが、事務課だけはちゃんと休みがある。
「休みっていいわねえ」
新しいプリンターが来てから印刷作業が大幅にはかどり、昨日は残業することもなく仕事を完了する事が出来た。壊れたときはどうしようと焦ったものだ。だが休日になる前に仕事が全部済んで嬉しかった。
「まあ、あのプリンターもあれだけ働かされてるんだから、今日くらい動かなくてもいいわよね」
そして彼女も、今日は動きたくない。自分の部屋のゆったりとしたベッドでずっと寝ていたい。ここ数日はいつも以上の激しさで書類と格闘を続けていたのだから。
「あ、そうだ。そろそろ薬もらわなくちゃ駄目ね。でも、明日でいいか」
いつのまにか、ベッドで寝転んだままのヨランダは眠りについていた。
翌日。
「うっそ! また動かなくなったの?!」
いくらボタンを押しても、プリンターはうんともすんとも言わない。紙詰まりも起こっていない。電源コードもちゃんと刺さっている。
「また壊れたのかよ」
十分後、自分の作業に取り掛かる前に急遽呼び出されたアーネストは、不機嫌な声でプリンターのふたを開ける。
「あー、電源のあたりの歯車が一個取れてるな。使いまくったから軸から外れたんだろ」
歯車を取り付けなおして電源を入れると、今度こそプリンターは動き出した。
「やったー、動いたわ!」
「もう一台プリンター申請しろよ。一台動かなくなったら次のを使えばいいんだからよ」
「二台とも壊れたら、あんたの修理する時間は倍に増えるわよ?」
「……」
何も言えずに事務室を出ようとすると、ヨランダはすかさず彼の袖を引っつかんだ。
「印刷作業が終わるまで、ここにいてちょうだい」
「はあ? 何寝ぼけたことを――」
「動かなくなるたびにあんたを呼ぶのは面倒だもの。最初からあんたがここにいてくれれば、すぐに修理してくれるもの」
「冗談じゃねえ! 俺にも仕事があるんだぞ! D区のシャッターの修理がまだ終わってない! それもこれは今日中にやらなくちゃならないんだぞ!」
「印刷しなくちゃならない書類は九時までに地球へ送らなくちゃならないの。これを送らないと、ステーションの勤務者は全員不法滞在者になっちゃうの。わかるでしょ、アタシが何を言いたいか」
勤務票更新のことを、アーネストは知らないわけではない。
「……わかったよ! その代わりその更新票だけ印刷したら、俺の持ち場行かしてくれよ?」
「女に二言はないわ」
ヨランダの言葉通り、プリンターは十分おきに止まってしまった。そのたびにふたを開けると、どこかの歯車が外れていたり、排紙トレイのネジが緩んでいたり、何らかの部品が機械の中に落ちている。
「これ、ぜってー不良品だろ。俺だったら、こんだけ壊れたらさっさと放り出すぞ」
「そうかしらねえ。こんなに頻繁に壊れるってことは、やっぱり壊れかけの不良品なのかしら」
アーネストが自分の持ち場へ行こうとした途端、電源コードを引っこ抜かれたプリンターはいきなり不吉なきしみ音を立てて壊れた。
「やった! 新しいプリンターが届いたわ! 今度こそ不良品じゃないでしょうね!?」
事務室の者たちは皆そろって、目に涙を浮かべながら、目の前に置かれたプリンターを見た。地球から送られてきた最新型のプリンター。前回送られてきたものは、やはり不良品だった。そのため、地球は大至急プリンターを送りなおしたのである。
今回のプリンターは、どれだけ印刷しようとも全く壊れる様子がなかった。事務課の者たちはそろって涙を流し、送られてきたプリンターの働きぶりを褒め称えたのであった。