レース
「全く、カーチェイスとは、古風な奴だなー」
アーネストは、《危険始末人》専用車のハンドルを片手で操作しながら、前方を走る車を見つめた。
《危険始末人》への、暴走族取締り強化への応援要請が基地へ届いたのが一時間ほど前。暴走族が自動車を違法改造し、公道を走った挙句に人を轢くか否かのゲームにすら興じ始めたという。アーネストと一緒に来た《危険始末人》たちは、地球のこの地区にいる、どこかの犯罪組織の下っ端たちとの間に取引関係を結んでいるらしい暴走族連合を壊滅させるために、散り散りになっている。
そしてアーネストも同じく、警察たちが追い求めている相手を見つけ出して、追跡中だったのである。それは、ゲームに興じて、本当に公道で人を何人もひき殺し、なおかつ検問まで力ずくで突破した暴走族連合の頭であった。
追跡を開始して三十分経った。
「改造車なら時速百五十キロがせいぜいのはずなんだが、結構はえーんだナ」
アーネストは感心した。いまや公道は警察によって封鎖されており、ほかの車は通らない。しかしアーネストの追跡しているこの車は、その封鎖も突破してしまった。パトカーを跳ね飛ばし、巡査数名に重傷を負わせたのだ。それでも改造車には傷ひとつ、ヘコみひとつつかない。
普通は驚くところだ。
「こんなん、昔の《レース》以来だな。懐かしいぜ!」
アーネストは、アクセルを踏み込んで更に加速させる。速度計はあっというまに百二十キロにあがる。やっと相手の改造車に追いつきかけたところ。血まみれの相手の改造車は、それでも減速する気配を見せない。
改造車が《危険始末人》を振り切れないと知ったようだが、これ以上加速はしない。電気で動くものとはいえ、出せる速度には限界がある。その代わり、何とかアーネストを引き離そうと乱暴運転の手段に訴えてくる。右へ左へと車体がフラフラ。時速百二十キロ以上もの速度を出して走っている車なのだ、きわめて危なっかしい以前の話だ。急に減速でもすれば、改造車の後を走っているアーネストはとんでもないことになる。
もし彼が、一般人ならばの話だ。
「古い手だな。今も使ってんのかよ」
アーネストはギアを片手で操作しつつ、ハンドルを片手で操作する。まるでこれからドライブでもしようかと楽しみにしている顔つき。相手の軌道を知り尽くしているかのように、改造車による進路妨害を楽々左右に車を動かして、回避している。
改造車は、アーネストの操縦する車の真正面に移動した。そのまましばらく走行が続く。突然、改造車がブレーキを踏んだらしく、いきなり改造車がフロントガラスの目の前まで迫ってくる。普通なら同じくブレーキを踏むかハンドルをめいっぱい動かして進路変更しようとするだろう。
が、
「古い、古いっての」
逆にアーネストはアクセルを強く踏み込んだ。車体は相手の車にガツンと当たる。ぶつかった衝撃が車内に伝わるが、きちんとシートベルトを締めたアーネストは平然としてアクセルを踏んでいる。逆に相手は驚いたのか、しばらく後続車から逃れようとハンドルを右へ左へ動かし、ようやっと車体を放す。
「逃すか!」
アーネストはハンドルを左へ切ってさらに強くアクセルを踏む。後ろを走っていた彼の車は改造車の真横に並んだ。
二台の車は、同じ速度で走った。《危険始末人》の車は三百キロまでの速度が出るのだ。血まみれの改造車が中央分離帯付近を走っている。アーネストはすぐにハンドルを切って車体を右へ寄せ、改造車に体当たりした。車体に衝撃が走るが、彼は構わずそのままハンドルを右へ切り続ける。改造車は押され、中央分離帯にぶつかり、はさまれた。アーネストはそのまま改造車を挟み撃ちにしたまま止めようとする。挟まれて走行したので、さすがに車体が持たなくなってきたか、改造車の両側はへこみ、傷がつき、少しずつ速度が落ち始める。
「そのまま観念してやらねーと――」
これ以上は危ないと判断したアーネストがハンドルを左へ切って体勢を立て直す。同時に改造車が急に速度を落とした。
「!?」
とっさに振り返るが、前方にすぐ目を戻し、ブレーキを踏んだ。減速させつつサイドミラーをちらりと見ると、改造車のエンジンが火を噴いていた。
「限界突破ってやつかよ。くそったれ。これだから安物のエンジンは使いもんにならねーんだ、今も昔も!」
アーネストはぼやきながらも、見事なハンドル捌きでUターンした。改造車は、今はもう止まっていたが、相変わらず火を噴きっぱなし。パトカーがやっと追いつき、火を噴いたエンジンに消火器を向けていた。エンジンの炎はやがて鎮火され、傷だらけになったドアがバールで無理やりにこじ開けられる。そして、青ざめた顔の暴走族を引っ張り出した。
少しはなれたところで車を止めたアーネストは、車から降りて、事の成り行きを眺めていた。手錠をかけられた暴走族のヘッドは青ざめたままで震えている。漏れてくる言葉はいずれも同じ。
「轢くつもりはなかった、轢かない自信はあった」
検問突破も、人を轢いてしまった恐怖心と、逮捕されるかもしれない焦燥から起こしたものだった。
一時間も経たないうちに、ほかの暴走族も一人残らず逮捕された。そして、彼らの供述から、麻薬の売買用に暴走族を護衛としていた規模の小さな組織も割り出され、その夜のうちに七割が逮捕されたのだった。
赤と緑の派手なフェイスペイントが汗で流れてきたため、青ざめた顔とマッチして恐ろしい死人の顔をしている暴走族のヘッドは、アーネストを見た。
「あんた……何モンなんだよ……」
「見りゃわかるだろ。《危険始末人》だ」
「いや……オレが言いたいのはそうじゃない」
暴走族のヘッドは身を震わせた。
「あんた、なんで《レース》の運転を知ってるんだよ? あんな運転できるのは……」
《レース》の運転。きわめて乱暴だが、警察を振り切るのによく使われていた運転。暴走族は警察の追跡を《レース》と呼んでいたことから、その名にちなんでつけられた、暴走族専用の運転方法。
「なんで、《危険始末人》が――」
「《レース》を知ってる暴走族がまだいるってのが驚きなんだけどな」
相手の話をさえぎったアーネストは口を閉じ、付け足した。
「お前の運転はへたくそすぎだ。人をひき殺すような奴が、ヘッドを名乗るな! 《レース》の恥さらしが!」