ライバル
いつのまに、とられちゃったんだろう。
セラは思った。
呪いを解く以外に、幽霊の祓いも行う呪術師は、素質のある者すべて、見えるのだ。
人の目につかぬよう、姿を消している幽霊が。
だから、アーネストが使いで彼女の祖母に届け物をしにきたときでさえ、セラは見つけていた。
彼の肩に乗った、ニコニコと機嫌のよい顔をしている少女の幽霊を。
祖母も気づいているようだったが、あえてそれは指摘しないようだ。その代わり意味ありげにニヤニヤして、アーネストをきょとんとさせていた。
あの少女の幽霊からは邪気を感じないので、何も悪さをしないタイプの幽霊だと分かる。しかしセラにとっては、悪さをする有害な幽霊以外の何者でもない!
使いを終えて町へ戻るアーネストの背を見送る。少女の幽霊は楽しそうに彼の肩に乗っている。
セラは頬を赤く染め、ぷくっと膨らました。
りんごの入った袋を抱えたセラは顔を赤らめたまま、帰り道を歩いていた。頭の中は、あの幽霊の少女の事でいっぱいだった。
町の住人たちは、空が曇ってきた事に気づき、急いで帰宅する。が、セラは空がどんよりと雨模様になり始めたのに気づかないままであった。
雨は数分後に土砂降りとして降ってきた。セラは大慌てで近くの建物の軒下に飛び込んだ。
「ふう、ぬれちゃった」
しばらく雨宿りしていたが、雨は止みそうにない。
(りんごを買いに行くだけだったのになあ)
雨具は何も持っていない。自宅まで戻るには、あと十分は歩かなければならないが、その間にびしょぬれだ。
「このままここにいるのも……。濡れてもいいから走って帰ろっかなあ」
やがて彼女がそれを実行しようとしたとき、彼女の側で閉まっていたドアが勢い良く開けられ、一人の男が転がり出てきた。顔に青あざがついている。
セラは気がついた。この場所は、戦士ギルドの側にある賭博場。もめごとがおきやすいため、戦士ギルドの者たちが用心棒として雇われている。
どうやらイカサマをするなりなんなりして揉め事を起こしたらしいこの男は、中に飛び込もうと起き上がって身構える。が、それより早く酒場から姿を現した用心棒によって地面に叩きふせられた。
起き上がって逃げていく男を見送りもせず、また店に入ろうとした用心棒は、セラに気づいた。そしてセラは、思わず「あ」と口に出す。相手は、アーネストだったのだ。
相変わらず幽霊の少女が彼の肩に乗っている。
「よー。何してんだ。ここは子供の来る場所じゃないぞ?」
「あ、あの……雨宿り」
答えたセラの顔は、耳まで真っ赤になっていた。
「雨宿り? あー、雨に降られてか。そこにいるのもなんだから、ギルドの中にでもいろよ。俺、もうすぐ交代の時間だから、後で行く」
アーネストはまた、内部から怒鳴り声が聞こえる賭博場へ、しぶしぶ入っていった。
セラは、言われたとおりに戦士ギルドのドアを開け、中に入った。依頼客はおらず、天井から吊り下げられたカンテラが少し寂しい光を放つ。
ギルドの、こめかみに白いものが混じった受付は、今は席を外しているらしい。しばらく一人でいると、ドアが開いて、少し雨に濡れたアーネストが飛び込んできた。どうやら散々てこずったらしく、着ている服は泥や血で汚れ、顔にいくつか痣を作っている。
「あー、ひでえ目にあったな。今日は乱暴な連中だらけだぜ」
壁の側にいるセラに気づく。セラは、相手の肩に、上機嫌な顔をした幽霊の少女を見た。アーネストはセラの視線を追い、自分の肩を見ているのだと分かった。が、
「別に俺、肩なんか怪我してないぜ?」
「ちがうのっ、そのお化けなの!」
セラは声を上げた。お化けと聞いてアーネストは一瞬キョトンとしたが、すぐに「ああ」と頷いた。
「この肩に乗ってる幽霊のことだろ? 見えるのか?」
「うん。なんで、とり憑かせたままなの? おはらいしないの?」
「しない。そりゃ肩は重いけど、別に何にもしないしな」
相手の返答に、セラはぷくっと頬を膨らませた。幽霊の少女はセラを見て、不思議そうな顔をする。自分がセラに見えている事は理解できているようだ。
急に耳をつんざくばかりの雷鳴が辺りをとどろかす。
「きゃっ!」
突然の雷鳴にセラは驚いて、手に持っていた袋を落とし、アーネストにしがみついた。いきなりしがみつかれ、アーネストはうろたえる。幽霊の少女はぷくっと頬を膨らませた。さっきのセラの表情と同じだ。
「ただの雷だろ、そんなに怖がらなくても――」
アーネストの肩の重みが増した。少女が彼の肩に体を乗り出していた。頬を膨らまして、不機嫌な顔でセラを見ている。離れろと言わんばかりの顔だった。
それから三十分ばかり経って、雨が止んだ。アーネストはセラを町外れの家まで送ってやったが、その間も肩の重みは全く軽くならないままだった。
町へ帰ろうとするアーネストの背を、セラは見送った。相変わらず幽霊の少女は肩の上に乗っているままだが、セラをみて、あかんべえをした。
「べー、だ!」
セラも負けずに返した。