料理の腕



「冷えるなあ」
 ヨランダは、シーフギルドの酒場に入る。ギルドの地下酒場は開店したばかりであるが、燃え盛る暖炉の空気が酒場を温めてくれている。
「体をあっためたいのよね。なにかいいのないかしら」
 カウンターに歩み寄ってきた彼女に、酒場のマスターがホットワインを出した。
「ところで、あんた最近裁縫もやってるんだってねえ」
「ええ」
「あの呪術師の老婆のとこだろう? おっかなくないか?」
「別に。厳しい人だけど、物知りだし、色々な事を教えてもらってるもん。悪い人じゃないわ」
「そうかねえ」
「そりゃ最初はおっかないって感じたけど、話してみるとなかなかいい人なのよね。別に金目のものはないから、盗めるものなんてないけどね」
 薬草や呪術の書物など、彼女には何の役にも立たないものだからだ。もちろん術を用いる者ならばその価値をちゃんと理解できるのであろうが、ヨランダにとっては金銀財宝の方が(つまり売ればお金になるものが)魅力的なのだった。
「調子に乗ってギルドのこととか話しているんじゃないかい?」
「そんなことないって、やだなーもう」
 酔いが回ってきたヨランダは明るい表情でそれを否定した。
「あのひとが出来るのは、薬草の調合と、呪いの解呪と、古代文字の解読くらいなもんよ。怒ってもお説教くらいなんだしさ、そんなに危険な人じゃないんだってば」
「そうかねえ」
 コップを洗いながら、それでもマスターは疑り深い目を彼女に向けた。ヨランダはホットワインのおかわりを頼んだ。
「ところで、おまえさんは料理も習ってるんだろう? どのくらい腕をあげたんだい。この厨房をまかせてもいいくらいかね?」
「ひとにふるまえるほどじゃないけど、まあまあ、アタシとしては結構上達したかな。味付けも結構きちんとするようになったし、野菜を切る大きさもそろってきたし、魚を焦がさないようになってきたしね。いつかはギルドの皆に、とびっきり美味しいご飯をつくってあげるんだ!」
「そうかいそうかい、それは楽しみにしているよ」
 壊滅的とギルド内で評判のヨランダの料理の腕前がどのくらい改善されるか、マスターはそれを密かに楽しみにしているのだった。
「いつの日か、おまえさんも嫁の貰い手がみつかるかもしれんな」
「もうー、お嫁さんになるつもりはないの! アタシは理想がすっごく高いし、この町にそんなおとこはひとりもいないんだからねっ」
 酔いが回っている分、ヨランダは饒舌になっていた。
「だいたいねー、いまどきオンナノコがみんな結婚するとは限らないのよー。そりゃ確かに家庭を持つ事は大事かもしれないけどー」
 杯を重ねているせいか、酔っぱらってグダグダとマスターにヨランダはこぼしていった。いつのまにか地下酒場にほかのシーフたちが現れて、酔った彼女の愚痴を聞いていた。
「あのおばあさんだって、嫁の貰い手がないなんて言うしー。別にいいもん、およめさんになれなくったってえ。せめて自分で料理と裁縫できれば、ひとりぐらしにはこまんないもーん」

「こりゃ何をしておるか、小娘!」
 杖をついた呪術師の老婆の声が鋭く鞭のように飛んできた。
「鍋をかきまわすのを忘れてどうするんじゃ! シチューが焦げるではないかえ!」
「ごめんなさーい」
 ハーブを刻んでいたヨランダは慌ててシチュー鍋をかきまわす。どうやら鍋底をこがしたらしく、木杓子の先端に柔らかな焦げの感触が……。
「やば、焦がした……」
 ハーブのよい香りの中に、シチューの焦げたにおいがまざった。そのにおいをかぎつけてか、老婆は鋭い声を放った。
「本当に仕方のない娘っこじゃのう! 鍋を見るなら、ハーブを刻みながらでもできるじゃろうが! そんなだから、お前さんには嫁の貰い手がないんじゃぞ!」
「だから、結婚なんてするつもり無いのに! もう!」
 ふくれっつらでヨランダはシチュー鍋をかきまわした。その傍で、セラが忙しそうに野菜をなんとか切っているが、セラの顔は真っ赤になっていた。
「お、およめさん……」
 うっかり手元が狂って、カブと一緒に指を少し切ってしまった。痛みで我に返った彼女は、慌てて傍の魔法薬をつけて指の傷を治した。
「およめさん……」
「セラ、なにをぼさっとしておるんじゃ!」
「あっ……」
 またしてもぼんやりしていたあまり、切られたカブの大きさは不揃いになってしまっていた。
「ぶつ切りじゃあ火の通りが悪くなるんじゃ、さっさと同じくらいの大きさに揃えんかい!」
「わーん、ごめんなさーい」
 最近、呪術師の老婆はヨランダとセラに食事の支度をさせている。「花嫁修業」と称して。始めたころに比べれば、二人ともだいぶ料理の腕は上達した。まだちいさなミスは繰り返されているけれども火力の調節が下手だったり大味だったりしたころよりははるかにマシというものである。改善されてはきているが、嫁に出すにはまだまだ腕が未熟である。裁縫を学んでいるヨランダは特にそうだ。
(まったく、嫁に行くつもりがないのなら、わざわざ料理を学ぶ必要なんかないじゃろうに。本心はきっと嫁に行きたくてたまらんのじゃろうなあ)
 焦げの味があるシチューを口にしながら、老婆はひそかに思っていた。