再配属
「で、何だって?」
スペーサーの声は極めて冷たいものであった。
「別のステーションの配属を命ずる書類でも届いたと言いたいのか?」
『ちっげーよ藪医者!』
モニターの向こうで、アーネストが怒鳴った。
スペーサーが第二ステーションでの「片付け」を終えて第一ステーションへ戻ってから、地球時間でおよそ一週間ほど経過した頃、急にアーネストが通信をいれてきたのだ。いつもはイルシアが入れてくるのだが……。
『俺が言いたいのはな!』
アーネストは脇へどいた。その向こうに見える景色がモニターに映し出される。どうせイルシアがまた散らかしたのだろうと思い、スペーサーはモニターに目をやる。
「……」
すぐスペーサーは椅子から立ち上がり、医務室を飛び出した。
モニターの向こうに映ったのは、散らかった大量のカルテだったのだ。
『おい、藪医者、どこ行ったんだよ』
アーネストの言葉を聞いている者は、誰もいなかった。
「こンの大バカ者が!」
スペーサーは第二ステーションの医務室に飛び込むなり、罵声をあびせた。
医務室の床いっぱいに散らかったカルテ。
「せぇんぱぁい……」
その紙の中で、イルシアが泣き声を上げていた。
「本部に送るデータの原紙入れ、ひっくりかえしちゃって……」
「カルテの箱は触るなとあれほど言っておいたのに、この阿呆が!」
スペーサーは急いでカルテの片付けにとりかかった。
「地球の本部に送るまでに、もう時間がないんだぞ! 全く……!」
地球の本部と第一ステーションおよび第二ステーションの上層部に、スペーサーは書類を提出した。元の第二ステーション勤務を願い出るものである。
「イルシアに任せきりにしておくと、こっちの胃の痛みがひどくなるから」という理由によるものであった。もちろんそんな理由では却下されるに決まっているため、しごくもっともらしい文章を長々と書き連ねて……。
「あの阿呆が何かやらかすたびに呼び出されては、こっちの仕事が増える一方だ! 全く!」
本来、本部はイルシアを正式に第二ステーション勤務の医師とするために、彼女を第二ステーションに配属させ、代わりにスペーサーを第一ステーションに異動させたのだ。第一ステーションに行けばのんびりできると思ったが、逆に仕事が増えてストレスが大幅に増大しただけとなったのだった。何かある度にモニターから呼び出しを喰らい、そのたびに上層部に書類を提出して許可をもらって第二ステーション行きの急行便に乗る。これの繰り返し。
いいかげん、それが嫌になった!
書類を提出してから、地球時間で一週間。本部から通達が来た。
「おい、聞いたか? あの藪医者が帰ってくるんだと」
ステーションの酒場にて、仕事を終えた管理課の面々は話を始めた。
「ほんとか?」
「うーん。今頃になって帰ってくるのかよ」
「ありがたいようなそうでないような。微妙だよな」
イルシアの診察よりはスペーサーの診察の方が信頼できる。だが、機嫌が悪い時の彼は平気で人にあたりちらすので、その点だけは勘弁してほしいところだ。
「もどってくるってことは、医務室に勤務する医者は二人ってことになるんだな」
「まあ、片方が診察してもう片方がそのチェックをするってことになるんじゃないか? それか、一人が本部かどっかへ戻されるとか」
あれこれ喋っていると、
「残念だが、このステーションの医者は一名のみだ。そしてそれはこれからも変わることはないぞ」
突然後ろから声が聞こえてきた。
聞き覚えのある、懐かしい、そして嫌な声が……。
イルシアは地球本部へ向かう便に乗っていた。
「あーあ。結局また本部に再配属されちゃうのかしら」
自分なりに頑張って第二ステーションの患者を診てきたつもりだったが、結局は、第一ステーションに配属となったスペーサーの手をわずらわす結果に終わっていた。
「やっぱり医者にむいてないのかなあ」
次第に大きくなる青い惑星・地球を見ながら、イルシアはため息をついた。
この場に第二ステーションの連中がいれば、そろって「その通り」と言うに違いなかった。
スペーサーは正式に第二ステーションに再配属された。さっそく彼は、散らかった部屋をきれいに片づけ、イルシアが診察していた患者を全員医務室へ呼び出し、再び診察を行った。
「あの馬鹿! またカルテの書き間違いをして!」
片付け、再度の診察、カルテの作り直し。第二ステーションに戻ってきてからも、彼の仕事は減らなかった。
一方、イルシアは地球本部で研修のやりなおしとなった。何故かと言うと、彼女の診察等のひどさに第二ステーションの住人が何人か、本部に苦情を入れていたからだった……。