戦士の話



 セラは、頬を赤く染めて、家に頼まれ物を届けにきたアーネストの背中を見送った。ギルドへ戻る彼の姿がやがて見えなくなる。セラの顔はまだしばらくバラの様に赤かった。
「ホレ薬でも作ってやろうかえ?」
 祖母が意地悪く言ったので、セラは顔を真っ赤にしつつ、「ダメ!」と言った。

 数日後。セラは町の露店で果物を買っていた。りんごを袋いっぱいに抱えて帰る途中の道、よく前が見えなかったのか、彼女は誰かにぶつかってしまった。りんごはいくつか袋から落ちた。
「あっ、ごめんなさい……!」
 慌てて顔を上げると、そこにいたのは、ヨランダ。一週間ほど前、呪いのかかった「お宝」を手に入れてしまったことで、「お宝」が手から離れなくなってしまい、慌てて駆け込んできたのであった。
「あら、久しぶり」
「う、うん」
「で、どうなの?」
 ヨランダは、りんごを拾うのを手伝いながら聞いた。セラは首をかしげた。
「どうって?」
「アイツとの仲はどんな具合なの? ちょっとは進展した?」
 ヨランダは早くも、セラの内面に気がついている。セラは顔を赤らめ、うつむいた。
「駄目みたいね」
「だって……」
 声の小さくなるセラ。ヨランダはすっくと立ち上がり、
「じゃ、おねえさんに、まっかせなさーい!」
 ドンと胸を張った。
「あの仏頂面を、いつか必ずあなたに振り向かせてやるんだからっ」

「まず、相手の情報収集を始めなくちゃね!」
 報酬の前払いとして貰った、セラの調合した傷薬のはいった小瓶をポケットにしまい、ヨランダは言った。
「あなた、アーネストのことはどれだけ知ってる?」
 戦士ギルドの腕利きの一人で、少女の幽霊がとりついている。セラが知っているのはそれだけだった。
「うーん。駄目ねえ。好きな色とか食べ物とか趣味とか、そういうプライベートな事も徹底的に調べなくちゃ!」
 ヨランダは首を振った。
「お宝をゲットするにはね、まずは情報収集! これはシーフとして基礎中の基礎よっ。まー、アタシがちょいと自分のギルドに働きかければ、情報を探してきてくれるかもしれないけど、それじゃ、あなたのためにならないわね。こういう情報は、自分でゲットしてこそ価値があるのよね」
「じゃあどうすればいいの?」
「そーねー。まずあなたが、戦士ギルドに足を運んで、できるだけアーネストに接触するのよ。何気ない会話の中から、少しずつ彼のことを探ってくの。もちろん、情報ってのは一日二日ではゲットしきれないから、毎日根気よく集めていくのよ。どんなくだらないものでも情報は情報。そういうのを逆手にとって相手を脅したりできるし」
 といいかけて、ヨランダは口を閉じた。
「まあとにかく、何でもいいから情報を取ってくるの。あなたの役に立ちそうだと思ったものは忘れないようにしなさいね」
「はあい」
 こうして、セラは情報収集のために、戦士ギルドへ向かったのだった。

 何の用事もないのにギルドを訪れたセラだったが、目当ての人物はいなかった。近くの賭博場の用心棒に出たばかりで、数時間は戻ってこない。
 受付はセラのことを良く覚えていた。ゴツゴツした木の椅子に座ったセラは、さりげなく、受付に聞いてみた。
「ああ、あいつの昔のことを知りたいって?」
 初老の受付は、白髪の混じった髪をかきながら言った。
「昔、あいつは孤児だったんだよ。お嬢ちゃんが生まれる前、隣国との戦争がやっと終わったころだった。その何年か後で、ひょっこりあいつは現れた。たぶん、故郷を追われて流れていくうちに、この町にたどり着いたんだろうな。よおく覚えてるとも。そのときは、確か十二、三くらいのガキだった。そして一つか二つ下の妹を連れてたっけな。お前さんみたいに栗色の髪をしてたわい。兄妹仲はかなり良かったなあ」
 セラは目を丸くした。
「でも、何ヶ月か経って、少しずつ町の復興が軌道に乗り始めたところで、その妹は病気で死んじまってな。あいつは本当にひとりになったんだ。しばらくは墓地の片隅で泣いてばかりだったのを覚えとるよ」
 ギルドの外で風がヒュウとうなった。
「ま、最初は周りのやつらが恵んでいたが、あいつはその立場にいつまでも甘んじていなかった。すぐにでも働こうとしておったな。だが子供だから金を稼ぐ手段なぞたかがしれとる。かっぱらったりしてその日をしのいでも、いつかはとっつかまってブチこまれる。で、ギルドに飛び込んできたんだ。使い走りでも何でもいいから仕事させてくれってな。もちろん、ギルドの面々は笑ったとも。『非力なガキなんかには何も仕事がない』ってな」
 雨が降り始めた。
「笑われたあいつは相当怒ってたな。護衛や争いの仲裁役など荒っぽい仕事が多い戦士ギルドの面々に入りたいなどいうガキなんぞ、今までにいなかった。まあ、皆笑ったが、当時のギルドマスターが奴を見て言ったんだよ、『一年間だけ雇って、雑用の合間に剣の修行をさせてやる。もしお前らギルドの面々の誰か一人でも倒すことが出来たら、正式にギルドの戦士として入団させてやる』とな。当時は剣の天才と名高かったギルドマスターの言葉だったからな、皆、反対するわけにも行かずうなずいた。だが、誰も思わなかったんよ、あいつがあそこまで強くなるとはな」
 土砂降りの雨は少し弱くなった。
「あいつはギルドマスターから直接剣を仕込まれた。雑用で疲れ果てたところに剣の修行の追い討ち。一度か二度ぶっ倒れたが、すぐ奴は立ち上がったな。気合と根性だけはあったからなあ。そうして一年後、奴はギルドの戦士たち全てを、ことごとく負かした。わずか一年の修行のあと、十五にも満たないガキが、大人二十人を相手に戦い抜いたんだ。深手も負ったが、奴はギルドマスターと互角に戦った。最終的には、負けちまったがね。こうして、奴は正式にギルドの戦士としての入団を認められたんだ」
 受付は、当時を懐かしんでいる顔だった。セラは話に聞き入っていた。
「いやー、濡れた濡れたあ」
 背後から声がしてドアが乱暴に開けられる。突然の大声に、セラはわれに帰って、振り向いた。
 開かれたドアの向こうにいるのは、数名のギルドの若手たち。その中に、アーネストがいた。
「突然降ってきやがるもんなあ。せめて雨具を用意する暇くらいくれっての」
 受付は皆に布を渡して身体を拭かせた。
「おお、アーネスト。お前宛に客が来てるぞ」
「客?」
 アーネストは室内を見回したが、客の姿はなかった。

「で、どうだった?」
 ヨランダは、戻ってきたセラに問うた。
 セラはちょっと顔を赤らめながら、ギルドの受付から聞いた話を、そのまま彼女に返した。
「うーん、そういう情報は、今後のあなたの役に立ってくれそうにないわねー。今度は、もっと別の情報を探して来た方がよさそうね。次回もがんばりましょっ」
 ヨランダは笑顔でセラを励ました。セラは赤面して、こっくりとうなずいた。