S・G管理課



 地球外銀河第二ステーション。通称セカンドギャラクシー(S・G)。
 医務室。
「一体どこをどうすればそんな傷をこさえる事が出来るんだ。作業はただの運搬だろうに」
「うっせーなー。つべこべ言わずに手当てしろよ、ヤブ医者」
 言い返された言葉にスペーサーは顔色一つかえず、(おそろしくしみることで有名な製薬会社の)消毒液の瓶を傾けて、中の液体をアーネストの背中の傷に直接ぶちまけた。
 医務室と付近の廊下に、断末魔の叫びが響き渡った。

「ちきしょー、思いっきりやってくれやがって」
 作業服のボタンをしめながら、アーネストはぶつぶつ言った。仕返しとも手当てともつかぬ診療の後、アーネストはまた作業場へ戻るところだった。おそろしくしみる消毒液を背中にぶちまけられた挙句、特殊繊維でつくられた絆創膏を貼った上から包帯をきつく巻かれたのである。そのため消毒液のしみかたが予想以上にひどく――大量に傷口に垂らされた事もあるが――、胸をそらした姿勢で歩いている。前かがみになると、薬がひどくしみるのである。
 ステーションの一階にある格納庫。ステーションにやってくる様々な宇宙船を収納し、しかるべき位置へ運搬するのが、アーネストの所属するS・G管理課の仕事の一つである。運悪く、アーネストは小型宇宙船の運搬作業中に、運搬金具で作業服の背中を引っ掛け、背中に浅い傷を負った。作業を仲間に交代してもらい、医務室で手当て(?)をしてもらってから、彼はまた戻ってきたのである。
「よー、傷はどうだったい? なんだよ、包帯巻きまくって胸そらして歩いてるじゃんか」
 彼が戻るなり、仲間が声をかけてきた。
「こうしないと消毒液がしみるんだよ。傷はたいしたことねえけどよ」
 アーネストは言い返し、作業場に戻る。宇宙船の運搬の後は、書類の処理やステーション生活地区の人工重力装置のチェック、まだ片付けるべき仕事は残っている。
(管理課といえば聞こえはいいけど、要は雑用係かよ。仕事多いわりには給料少ねえし)
 ぶつくさ文句を言ってはいるが、彼にとってはやっと見つけた仕事場なのである。どんなに薄給でも、日々の糧を得る収入があるだけありがたい。何しろ、地球にいても彼に残された仕事などほとんどないに等しい。一所でじっと座るオフィスワークの嫌いな彼にとって残された仕事といえば、まだ人のあまり住んでいない、開発途中の宇宙ステーションの管理課であった。多少は事務もあるが基本的に体を動かす労働作業が多いのと、地球を離れて暮らさねばならないのとで、応募者は基本的に少なめである。アーネストはそこに目をつけて応募した。採用人数よりも応募者の方が圧倒的に少なかったので、彼はすぐに内定をもらえたというわけ。

 さて、その日の仕事を終えた後、食事を済ませ、仲間と酒場でしゃべる。管理課の者たちは仕事柄禁酒だが、擬似アルコール飲料ならば許されているので、そちらを遠慮なく飲むわけである。
「なんだよアーネスト。災難だなあ、あの若手の医者怒らすなんて」
「で、クスリ垂らされた挙句に包帯巻かれまくったって? あのクスリはすごくしみるぜ」
 アーネストは、スペーサーからどんな診療を受けたか話す。仲間は口々に同情の言葉を向けるが、その言葉の裏で、おかしさを懸命にこらえているのがわかる。アーネストはそれをちゃんと知っているので、仲間の言葉を同情とは受け取らない。
「ほんとにしみるぜ〜、まだ背中痛むんだからよ」
 アーネストは擬似煙草(ノー・カーボン――ニコチンやタールを含まない煙草――)に火をつけて吸い、天井に向けて大きな煙の輪を吐き出す。その際椅子の背に背中を預けてしまい、ぎゃっと小さく悲鳴を上げた。
「お前ほんとに命知らずだなー、アーネスト。怒らすと怖いんだぜ、あの医者は」
「そりゃ知ってるぜ。でもよお、あいつポーカーフェイスだから、怒ってんのかそうでないのか、わからねえんだよな。だからこっちだって、結構いらねえ事言っちまうんだ」
 アーネストはジョッキの飲料を飲み干す。仲間たちは苦笑した。
「怒ったんなら素直に顔に出せば、こっちだって余計なこと言わずにすむんだ。顔に出してくれねえから、どのくらい腹立ててるか考えがおよばねえ」
 アーネストがしゃべっている間に、いつの間にか、仲間の雑談が止まっていた。だが彼はそれに気づかない。
「しかもその仕返しが『治療』と来た日にゃあ、こっちはうかつに怪我なんかできねえよな。いっそのこと勤務ステーションを変えさせてやるとか――」
「それは無理だなあ」
 アーネストの背後から声が。
「何で無理なんだよ。俺はなあ――」
 アーネストは声を荒げて振り向いた。
 その顔が、青ざめる。
 スペーサーが――おそらくは医療メカの修理でも頼みに来たのだろうが――真後ろに立っていたのである。その顔にほとんど表情はないが、腕を組んでいる手は、かすかに震えている。
「医師の配属の有無は、ステーションの中でも死活問題だからな、そう簡単には異動にならない。それに――」
 彼の背後に置かれている、人型の医療アシスタントロボットが目に入る。
「ちょうどこのアシスタントには自動診療機能がついているからな。久しぶりに、健康診断をしてやることにしようか、ああ?!」
 管理課の面々の顔は、一斉に青ざめた。

 数時間後、管理課の面々はボロボロになって、ようやく医務室から解放された。馬鹿力の医療アシスタントロボットに押さえつけられた挙句、複数の医療メカが様々な医療器具や薬品で脅しをかけてきたのである。筆舌に尽くしがたい惨劇が、医務室で繰り広げられた。

 二度と医務室の世話になるまい。心の底から、皆、誓い合った。