記念写真



 記念写真というものが、ぜひ撮っておきたい場面で撮影される写真であることは言うまでもない。恥ずかしいのもあれば面白かったのもあり、あるいは写真から故人を思う者もいる。はてはこの世にあらざるものを写すとまでいうのだから、写真とは不思議なものである。

 夏が終わる頃、小旅行に行って現地撮影してきた写真が出来上がったというので、早速写真屋に取りに行った。
 ネガと写真の入った袋を抱えて、ヨランダが帰宅する。
「写真、持ってきたよー。って、何やってんの」
 リビングで、腫れ上がった両の頬を押さえるアーネスト。その隣で、パンパンと手を打ち合わせているスペーサー。
「私をココナッツクラッシュの実験台にしようとしたから、ひっぱたいてやった」
 頬が腫れ上がるまで往復ビンタしたということだ。本気で怒らせると、これくらいの暴挙に出ることがある。
「で、何だって?」
「だから、写真できたって言ったの」
 ヨランダはテーブルの上に写真をばら撒いた。
「ふえ〜、よふうふっへんなあ(よく映ってんなあ)」
 アーネストは写真の一枚を取る。それは、岬の釣り大会でアーネストが大物を釣り上げたときの瞬間だった。撮影したのはヨランダである。彼女はこういうシャッターチャンスをとらえるのが上手い。
「でもその魚、結局没収されちゃったわよね。大きなお刺身できると思ったのに」
「それが大会のルールだったからな。魚介類は私も好きなんだが……」
 スペーサーは言いながら、別の一枚を取る。そしてそれを見るなり、苦い顔になる。
「おいおい、これはないだろう……」
 その写真には、アーネストがふざけて後ろからスペーサーを押し、押されたスペーサーが小船から転落するという決定的瞬間が収められていた。あのあと、全身が海水に浸かってずぶぬれになった彼は夕飯抜きの刑罰をアーネストに課したのである。
「やーな、おもいれら(思い出だ)」
 部屋に閉じ込められて、ホテルバイキングの夕飯を腹いっぱいに食べられなかったことを、アーネストは未だに根に持っている。自業自得といえばそれまでだが。
「これは何だっけ?」
 ヨランダが取った写真は、鍾乳洞の近くを歩いている場面だった。洞窟内での撮影は禁止されていたので、入り口だけを取ったのである。自分にカメラを向けて撮ったので、写真の彼女は斜めに写っていた。
「そりゃお前が、洞窟のコウモリに驚いてコケたとこじゃねえか」
 頬の腫れが治ったアーネストはにやにや笑った。ヨランダはむっとした顔でアーネストをにらみつけ、ビンタを見舞うも、ぎりぎりのところでかわされた。
「じゃあ、これは……」
 スペーサーが一枚の写真を撮る。そして、訝しげな顔をする。
 小旅行の最後に、歴史上の著名人の墓めぐりツアーに便乗した、その写真。だが、いつ撮られたものなのか、わからない。普通は写真の片隅に日付と時刻が印刷されている。だがこの写真には時刻がない。
「……誰が撮ったんだ?」
 写真には、アーネスト、ヨランダ、スペーサーが写っている。それぞれ歩いていて、ものめずらしそうに、モニュメントを眺めていることが分かるし、彼らも歩きながらモニュメントを見たことは覚えている。
「え? 撮ったの、お前じゃねえのか?」
 アーネストはヨランダを見る。だが彼女は首を振った。
「違うわ。たしかここじゃあ写真は撮らなかったし、ずっと首からカメラをさげたままにしておいたわ。それに、あるきながらこんな写真を撮れるはずないもの」
 確かに、彼女の首にはカメラが釣り下がっている。そしてこの写真には、三人がちゃんと、斜めにもならず、はみ出しもせず、写っている。歩きながら撮影したならば、カメラが動くので写真がぶれる。このように写すには、じっと一点からシャッターチャンスをうかがうしかない。歩いていたヨランダに、このような写真を撮れるはずがない。そもそもカメラを持っている彼女が写真の中に入っていることからして、おかしい。
 ネガを調べてみたが、その写真と合致するネガはどこにもなかった。

 三人は同時に顔を見合わせた。
 そろって顔から血の気を引かせて。

「一体、誰が、撮ったんだ……?」
 真っ青になったスペーサーのその問いに答えるものは、誰もいなかった。


 その記念写真は、今も分厚いアルバムの裏表紙の中に封印されている。