処分



「うっとうしい奴」
 スペーサーは愚痴る。そして、足元に転がった男の死体を蹴飛ばしてどかした。熱線銃で胸に穴をあけられ即死した死体は、広がりつつある血の海に横たわっていたが、スペーサーに蹴飛ばされ、無理やり通路の脇に押された。
「全く、こんな連中が《ファミリー》の下っ端とはな。まあ、最近入ったばかりの連中だろう」
 スペーサーは通路を歩く。ここは《ファミリー》が他のマフィアやギャングたちの下っ端を集めて麻薬の取引を行う小さな集会所。表から見ると普通の穀物用倉庫だ。
《ファミリー》の開く取引が終わってから、スペーサーは単独で倉庫に入り込んだ。下っ端がたまに襲ってくるが、彼は片っ端から撃ち殺している。彼の顔を知らない下っ端など、邪魔なだけだから。彼にとっては、役立たずを処分しているにすぎない。《ファミリー》にいたころも、そうしていた。役立たずと判断したら即座に銃口を向け、息の根を止めていたのだ。二度も三度も失敗を繰り返す輩は、《ファミリー》には必要ないのだから。
(久しぶりにここに入るが、確かここは一本道だったはずだな)
 通路を歩く。そろそろ、倉庫の奥が見えてくるはずだと思っていると、確かに見えてきた。穀物がしまわれているはずの場所に通じる自動ドア。防弾性のドアはロックがかけられている。ミニコンピューターを取り出し、端末を引き出す。その一方を、制御パネルの傍にとりつける。ロック情報をハッキングし、パスワードを盗み出す。数字パネルにパスワードを入力すると、あっさりとロックは解除され、ドアが開いて彼の前に道をつくりだす。彼は端末を外し、コンピューターを制服のポケットにしまいこんでから、中に入った。
 明るい光が倉庫全体を照らしている。天井に届きそうなほど高い棚に、隙間なく、穀物用の袋が並べられ積み上げられている。だが彼は全く目もくれず、その奥に進む。奥は小さな事務所となっており、普通ならば倉庫の職員が袋の数を確認したり、運搬の連絡をとるのに使う。だがここは《ファミリー》が所有する倉庫だ、事務所にいるのは職員ではない、取引担当の幹部たちだ。当然、ここに並んでいる穀物の袋の中には、売上金が入っている。
 ドアごしに声が聞こえてくる。幹部たちとその部下の声だ。聞き覚えのある懐かしいものだ、だが今はそんなことにかまけている場合ではない。スペーサーが、勢いよくドアを開けると、事務所内にいる者全てが話をやめ、彼の姿を認める。数秒もかからぬうちに、皆の顔から血の気が失せた。《ファミリー》を離れてもなお、彼の持つ力は絶大だ。その氷のようなまなざしに一度でもとらわれると、誰もが、恐怖で支配されてしまう。その恐怖にとらわれぬ者がいるとすれば、《ファミリー》のボス以外にあり得ない。
 驚愕の後で皆の顔に浮かんだ表情はたった一つ。
 絶望。
「私がここに来た理由、貴様ならばもう分かっているはずだろう、シーグリス」
 スペーサーは幹部の一人に冷たく言い放った。シーグリスは一番奥にいたが、震えあがっている。スペーサーが何を言いたいかは明らかだ。そしてシーグリスだけではない、ほかの幹部たちも震えあがった。《ファミリー》を離れたスペーサーがわざわざこんなところまで来る訳は、たったひとつしかない。
「やはり貴様は幹部失格だ」
 次の瞬間、シーグリスの胸に、熱線による穴が開いた。
 倒れるシーグリスに、幹部たちの恐怖のまなざしが向けられ、すぐスペーサーに視線が向けなおされる。誰も彼を撃とうとしない。いや、出来ないのだ。幹部たちでさえも、あの冷たい目で睨みつけられると、牙をむき出しにした大蛇の前のアマガエルのような、ちっぽけな存在に変わってしまうから……。
「三十分後に倉庫を処分する。巻き込まれたくなければ、売上金を持ってさっさと消え失せろ」
 その言葉に、皆は慌てふためき、事務所の反対側のドアから逃げるように去って行った。
 三十分後、あたり一帯の倉庫は、まるで煮え湯をかけられた雪の如く、あっというまに溶けてしまった。その十分後には警察が駆けつけたが、取引の形跡は何も見つけることが出来なかった。倉庫は処分され、中の死体も溶かされてしまったのだ。

「また警察が手出しできなかったんだって」
《危険始末人》の基地。談話室にて、ヨランダは新聞片手に、仲間たちと喋り合っている。
「あそこの警察って、以前にも失敗してたわよね。麻薬捜査にかけては右に出る者がいないって言われているほどのプロが集まっているのに……今度は取引所がつぶされてるって、すごいわね、いろんな意味で。取引所をつぶすなんてよっぽどマズイことがあったんじゃない?」
「それくらい巨大な取引だったとか!」
「どうせなら、映画にあるみたいに、爆破とかハデに処分してほしいのお」
「爆破なんかしたら、余計にバレちまうよ、だから溶解したんらな」
「しかし、取引の情報が簡単にバレるような間抜けな組織なんて、まだあったんだな。まあそのほうが、摘発しやすくて助かるけどな」
 談話室の隅で、スペーサーは話に交じらず、黙って新聞を読んでいた。見出しには、「摘発失敗!」の巨大な文字が……。
(他の奴らは全員逃げたようだが、さて、処分されたかどうかまでは分からんな。仮に処分されていなかったとしても、摘発が行われる情報を事前にキャッチできていないならば、そんな役立たずは要らん)
 文面を見つめるその両眼が冷たい。
(《ファミリー》の存在を表ざたにされるくらいなら、私が処分する!)

「ふむ。シーグリスは処分されたか」
《ファミリー》のボスは報告を受け、退屈そうにつぶやいた。
「やはり人選ミスであったようだな。処分してくれて助かった」
 そして、今回の取引にかかわった幹部たちを見る。皆、青ざめた顔で体を小刻みに震わせている。完全に怯えきっているのだ。
「次に奴に処分されぬよう、今後は情報収集に力を入れよ。次に処分されるのは貴様らの誰かになるかも知れんのだからな」
 幹部たちは一斉に、大慌てで(それでもなるべく静かに)部屋を出て行った。ボスは、ドアが閉まった音を聞いてから、椅子から立ち上がり、窓を見る。綺麗に磨き抜かれ指紋も雨の跡もない美しいガラス。そこにボスの冷酷な笑いが映し出される。
「さすがは、我が息子だ。《ファミリー》を離れてもなお、我らのために動いてくれる事もあるのだからな」
《ファミリー》を去ったとはいえ、スペーサーは《危険始末人》としての立場から《ファミリー》が表世界に出てこないように陰で暗躍している。彼には、未だ彼を慕って付いてくる部下がおり、情報収集のために彼はそんな連中を高額で雇っている。《ファミリー》が表に出ないように様々な取引情報を集めさせ、逆に《危険始末人》の依頼情報を渡す時もある。ボスはそれを黙認している。情報の扱い方については、殺しのやり方と同様、幼いころからの英才教育で息子に徹底的にたたき込ませてきたのだから。……スペーサーがこうまでして情報収集にこだわるのは《危険始末人》たちを巻き込まないようにするためだと思われるが、本当のところはどうなのか。自分が《ファミリー》の出身であることを悟られぬようにするためなのかもしれない。
「だが、かえって《ファミリー》の人事考課には役立ってくれている。それに、少しは部下たちの気も引き締まると言うものだからな」
 曇り空の中、高笑いがこだました。