新たなる修行



「ほれ、小娘! 鍋から目を離すでない!」
 呪術師の老婆は、台所の入口に立って、ヨランダに命令を飛ばす。
「はーい」
 シチューを煮ている鍋から離れようとしていたヨランダはしぶしぶ椅子に座りなおした。
「ちゃんと混ぜねば、シチューがこげつくじゃろうが!」
「わかりましたー」
 気の抜けた返事。
 そこへ、薬草畑からハーブをつみとって帰ったセラが、台所へ姿を現す。老婆は孫から食用ハーブを受け取ると、
「ほれ、手を洗ってから魚をさばくんじゃ。わたの部分、ちゃんと抜き出すんじゃぞ! このあいだみたいに、わたの中にハーブを詰めるような馬鹿なまねはするんじゃないよ!」
「はーい」
 セラは急いで、柄杓に水を汲んで手を洗い、慣れない魚さばきにかかった。
 連日連夜の料理特訓。少しずつだが料理の腕は上達してきたようだった。ナイフを使うたびに指を怪我していたセラも、今は怪我をほとんどしなくなっていた。ヨランダはナイフを使うのが元もと上手いのだが、味付けはとんと下手だった。どうしても目分量に頼りがちなので、辛すぎたり、甘すぎたりすることも。毎日の特訓で、それは改善されつつあった。
(一人前だって認められたら、ギルドの皆に手料理をふるまえるんだけどなー)
 ヨランダはハーブをシチューに入れながらも思っていた。
(愚痴や命令が多いんだから、アタシはまだまだってとこなのかしらね)
「小娘! 鍋がふいとるぞ!」
 言われて初めて、吹きこぼれそうな鍋に気が付いたのだった。

「小娘や」
 麦がらの多い酒を平たい器に注ぎながら、老婆は問うた。
「なーに」
 近頃、この家で作られている薬草酒の水割りが気に入ったので、老婆の話し相手がてら酒を飲んでいく習慣が付き始めたヨランダ。
「お前さんには、もう相手がいるのかね?」
「えっ、相手って」
「決まっておろう! お前さんをめとる相手じゃ! それとも春を売る相手でもおるのかえ?」
「し、失礼ねえっ」
 赤面したヨランダは思わず立ち上がった。まだ酒を注いでいないカップが、立ち上がった際の振動に負けて倒れた。
「春を売るなんて失礼ね! アタシはそんな事したことないし、これからもそんな事するつもりはないわよ!」
「ふぇっふぇ。そうかい、そうかい。そりゃあ悪かったねえ、まあ座るんじゃな」
 ヨランダはふくれっ面のまま、椅子に座りなおした。
「わしがお前くらいの歳のころは、もう夫となるべき男がおったぞい。子供を産んだのはそれから五年ほど後の事じゃったがのお。セラを産んでからすぐに病に倒れてしまったが、なかなかかわいい娘じゃったわ。娘の夫はさほどでもなかったがのう」
 老婆は懐かしそうに、天井に目を向けた。
「お前もはやく結婚相手を見つけんと、いきおくれちまうぞい」
「よけいなお世話ですっ」
 ヨランダは、酒を注いだ小さなビンをテーブルに乱暴に置いた。
「結婚したい相手なんていないわよ、この町には!」
「そうかいそうかい」
 老婆は笑った。
「とにかく、小娘よ。お前が結婚しようがしまいが、今のお前の料理の腕は、壊滅的とは言わんがちっとマズイわい。男どもに慕われたいのならば、もっと女らしさを磨くことじゃな」
「もう、おばあさんたら!」
 彼女の属するシーフギルドでは、彼女が毎日呪術師の老婆の家に出かけていく理由が料理の修行だと知っている者がほとんどだ。彼女の料理の腕は確かに壊滅的と言わざるを得なかったのだ。だが連日連夜の特訓で、少しずつだが確実に改善されてきている。このまま、上手い料理が作れるようになってくれればと、ギルドのメンバーは願っている。
 ヨランダ自身、料理をふるまうのは好きなのだが、その腕が壊滅的なのは少し自覚している。だからこそ、おっかない呪術師の家で修行してそれが少しでもよくなってくれればと、ギルドのメンバーは揃ってねがってやまない。

 朝、ヨランダはセラと一緒に朝食を作らされた。あくびまじりに麦粥を作り、塩加減が足りないと老婆の愚痴をもらった後、ヨランダはギルドに戻った。町はずれに立つ呪術師の家からギルドの入り口までは遠かったのと、彼女がのんびり歩いていたのもあって、彼女がギルドにたどりついたころには、太陽は高く上っていた。
「結婚なんてするつもりなんかないのよねえ」
 ギルドの入り口のドアをしめ、ヨランダはため息をついた。この年齢なのだ、もう彼女は結婚していてもおかしくはない。だが彼女は結婚する気はなかった。
「行き遅れって言われてもいいわよ、もう」
 ぷくっとふくれっつらをして、ヨランダは廊下を歩いて行った。
 自室に入る。
「女らしさ、ねえ」
 金属板を綺麗に磨きあげた鏡に自分の顔を映しながら、ヨランダはためいきをついた。毎日櫛を入れている金色の髪は太陽の光を浴びて綺麗に光っている。彼女は流行を追うのが好きなので、タンスには色々な小物が入っている。服はいつも、動きやすさを重要視したものだけを着ている。
「自分で服を縫ってみるのもありかも!」
 さっそくヨランダは飛び出して行った。

「なんじゃ、小娘。わしの専属の女中にでもなりにきたのかえ?」
 老婆は薬草をすりつぶしていたところだが、飛び込んできたヨランダを見るなり、言った。
「冗談言わないでちょうだい、おばあさん!」
 ヨランダは肩で息をしていたが、やがて呼吸が落ち着くと、言った。
「アタシにお裁縫教えてくれない?」

「また間違えおったんかい、小娘! 料理以上にお前の裁縫の才能は壊滅的じゃのう!」
「もー、そう言わないでよ、いたっ」
 ヨランダは、これで何度目なのか、針で指をさしてしまった。縫っている生地が少し赤っぽくなってきている。
「全くお前さんは花嫁修業というものを知らんで育っておるな! そんなゆがんだ支え方では生地もゆがむぞい!」
 料理の時よりも何倍も激しい老婆の叱責。ヨランダは必死になっていたものの、出来上がったものはとても服とは言えないシロモノであった。
「お前さんには一からしこまねばならんようじゃのう、花嫁修業としてな! お前さんが結婚してから男に愛想をつかれんように徹底的に仕込んでやるわい!」
「だから結婚する気なんかないのに〜……」
 かくして、ヨランダの「修行」はさらに厳しいものに変わっていったのだった。