マンドラゴラ収穫



 あらゆる魔法薬の原料となる、マンドラゴラ。
 不用意に引き抜けば悲鳴を上げ、その悲鳴を聞いたものは即座に死に至るという恐怖の薬草である。にんじんと人を混ぜたような形をしており、土の外に伸びている葉だけを見ると、雑草にしか見えない。だが、全ての魔法使いにとってなくてはならない薬草であり、アトリエや研究所を構える魔法使いの庭には必ず、大なり小なりマンドラゴラの畑がある。

「そろそろ、マンドラゴラが成熟するころじゃのお」
 町外れの更に外れにある呪術師の家。何歳なのかわからないが少なくとも八十は越えているであろう老婆は、歳が十くらいの、孫のセラに言った。
「お前もそろそろ、マンドラゴラの収穫の仕方を教えてやろうかの」
「うん。でもマンドラゴラって、叫ぶんでしょ?」
「だから正しい引き抜き方をすればいいだけじゃよ。大丈夫、助っ人を呼んでおくから」
「助っ人?」
「そう。もっとも、ちっとばかり仕込んでもらわないと駄目だからの。ふぇふぇふぇ」

「もうマンドラゴラが成熟したのか。早いものだな」
 スペーサーは、自分の薬草畑の、マンドラゴラの葉を見て呟く。ここには、シーフに薬草を盗まれないように特殊な結界を張ってある。
「そろそろ収穫するか。そして――」
 スペーサーは結界の隅をにらみつける。使い魔のカラスがギャアと喚く。
「マンドラゴラの悲鳴を聞きたいなら、聞かせてやってもいいぞ? 命と引き換えにな」
「何で俺がそんな事しなきゃならねえんだよ!」
 結界の隅にいたのはアーネストだった。研究所に誰もいなかったのでここへ来たらしい。
「俺はただ、あの呪術師のばあさんに依頼されただけだ! 薬草の収穫を手伝えって」
「はあ?」
 事情を聞くと、マンドラゴラの収穫の臨時の助っ人になるために、正しい収穫の方法を教えてもらうためにここへ来たのだと言う。アーネストにとっては不本意なのだろうが、依頼なのだから仕方ない。いやいや来たわけなのだ。

「マンドラゴラは、抜かれる際に悲鳴を上げ、その悲鳴を聞けば即座に悶死する」
 スペーサーは簡潔に説明する。
「だから抜く前には耳栓をはめて、何にも聞こえないようにする。それと、抜いてそのままにすると悲鳴を上げ続けるから、抜いたら即座に水につけること」
 言われても、すぐには頭に入らないらしい。
「実践してみると分かるだろうな」
 アーネストに耳栓を渡してやる。そして、アーネストが何も聞こえない状態になった事を確認した後、スペーサーはマンドラゴラの一本を指差す。これから引き抜くのだとジェスチャーで伝え、自分も耳栓をする。そして、葉を掴み、一気に引き抜いた。
 うぎゃあああああああああ!
 おぞましい悲鳴が響く。辺り一帯に響くほどの大きさ。音を遮断する結界をあらかじめ張っておいたので、畑にしかその悲鳴は響かない。だが、悲鳴が聞こえなくとも、抜かれたマンドラゴラの顔を見たアーネストはぎょっとした。ものすごい形相の人間の顔。おぞましい悲鳴を上げ続けるマンドラゴラを、スペーサーは素早く桶の水の中に突っ込む。すると、悲鳴が止んだ。
 耳栓を外し、アーネストにも、もう外してもいいとジェスチャーで伝える。耳栓を外したアーネストは身震いした。
「嫌な草だなあ。これが薬の材料なのかよ。すっげえ不気味……」
「どんな薬も、このマンドラゴラなしでは作れないんだ。が、抜いても一度水につけてしまえば悲鳴は収まる。とにかく、死にたくなければ、絶対に悲鳴を聞くな!」

 呪術師の家の畑に姿を現したアーネストを見て、老婆は笑う。セラは顔を赤らめた。
「おんや。もっと時間かかるとおもっとった。あの男は話の長いところがあるからのお」
「どうでもいいだろ。それよりその何とか言うへんな草、抜くんだろ」
「そうじゃよ。早速とりかかるとするかの。セラ、手伝うんじゃ」
「は、はあい」
 そして、あまり広くはないがそれなりに薬草の密集した畑の中で、マンドラゴラの収穫が行われた。老婆がてきぱきとマンドラゴラを抜き、桶の水につけていく。マンドラゴラ自体を引き抜くのにたいした力は必要ない。あまり深く根を張らないからだ。一方でセラはおそるおそるマンドラゴラを引き抜いている。耳栓はちゃんとつけているのだが、やはり怖いのだ。マンドラゴラの形相を見ては思わず悲鳴を上げるが、あいにく誰にも聞こえない。
 それでも地道に収穫作業を続けて、ようやく、熟しきっていない小さなものを残せば、あらかたマンドラゴラの収穫は終わった。
「だいぶ終わったみたい」
 セラはほっとした。あとは、まだ抜く必要の無い、熟しきらないマンドラゴラばかり。もっとも、熟していなくても抜けば悲鳴を上げるので注意は必要だ。祖母がマンドラゴラの入った水桶をよっこらせと担ぎ、薬草畑を出る。セラは、もう終わったのだと思い、耳栓を外そうとしたが、ふと、足元に生えたマンドラゴラの葉を見つけた。そこそこ葉が伸びている。収穫してもいいかもしれない。
「よいしょっと」
 葉を掴み、少し力を入れて引き抜いた。
 きゃあああああ――
 消え入りそうな声で、マンドラゴラが小さめの悲鳴を上げる。
 彼女の背後にいた、ちょうど耳栓を外したばかりのアーネストが、倒れた。

 彼が意識を取り戻したのは、それから随分後のことだった。目を開けると、歪んだ視界の中で、目を真っ赤に泣き腫らしたセラと、ほっとした表情の老婆が映る。
「まったく、運がいいわい。熟しきっていたら、お前さんは本当に死んでおったところじゃ」
「え? どういうこと――」
「セラが、まだ未成熟のマンドラゴラを抜いてしまったんじゃ。まだ小さかったから気絶程度だったが――」
 アーネストは頭痛をこらえて起き上がる。視界が徐々に元通りになり、はっきり物が見えるようになって来た。呪術師の老婆が孫娘にがみがみ説教していた。
「まあまあ。俺だって、まだ何とか言う草が残ってたなんて思わなかったから――」
「必要以上に孫娘を甘やかさんでもらえんかのお。いくらセラがお前さんを好――」
「おばあちゃん!」
 泣いた為か、かすれた声でセラが割って入る。顔がかなり赤くなっていた。アーネストはなぜセラが話を割ったのか分からない。
 老婆は孫を見て、意味ありげな笑いを顔に浮かべた。
「そうかそうか。悪かったのお」
 この二人のやり取りが何を意味するのか、アーネストには分からないままだった。

 マンドラゴラの悲鳴で気を失うという羽目になったが、報酬として銀貨二十枚と特製の魔法薬の入った小瓶を一つ貰った。傷口に塗ればあらゆる傷を癒すのだと、老婆は言った。
「お前さんにはぴったりの報酬じゃよ。それに薬を作ったのはセラじゃからな。最初の調合とはいえ、なかなかの出来じゃ」
 老婆の意味ありげな笑いを見て、アーネストはやはりきょとんとしていた。
「あ、そう。もう帰るわ。じゃな」
 家から去っていくアーネストの背中を、家の窓から、セラは頬を赤く染めながらも見つめ続けていた。