雪かき



 昨夜は珍しく、大雪が降った。
 朝七時半。部屋のカーテンを開けると、一面が雪景色。
「すげーなー。雪だるま、いくつ出来るかな」
 アーネストは子供が雪を見て驚くのと同じような反応を示す。
「身の丈二メートル以上の雪だるまなら、この辺り一帯だけでも軽く十は作れるわ」
 リビングへ降りてきたヨランダは、アーネストの傍らをすり抜けて、キッチンに行く。
「それより、雪かきしないと、外へは出られないぞ」
 玄関先から戻ってきたスペーサーが言った。
「雪で、ドアが開かないからだ」

 玄関のドアが開かないので、窓から外に出たアーネストは、雪の上に降り立つ。
「積雪は一メートル半を超えているから、沈まないように注意しろ……と言おうとしたんだが――」
 窓の側まで来たスペーサーは、雪の中につっぷしているアーネストを見る。思った以上に深い雪だったため、雪の上に降りた時点で腹まで彼の体が雪にうずもれ、さらにバランスをくずしたので彼は前につんのめったのである。
「遅かったようだな」
「てめーなーっ! ひとっことも言ってねえだろ、注意しろだなんて……!」
 雪の中から顔を上げ、アーネストが怒鳴りつけるも、スペーサーは涼しい顔。
「言ったろう、『言おうとした』と」
 そしてアーネストに次の言葉を言う暇も与えず、彼はどこから取ってきたのかスコップを押し付ける。
「ほれ」
「ほれって、どうしろってんだよ」
「スコップの用途は一つ。雪かきだ」

「で、俺だけが雪かきしろって事かよ」
 玄関までの突破口を開くべく、スコップで雪をすくっては投げ捨て、アーネストはぶつぶつ言った。
「別に君だけがやっているわけじゃないんだぞ」
 背後からの声を聞くと同時に、アーネストはスコップですくったばかりの雪を、後ろを見もせずに放る。
「やめろ!」
 怒鳴られたので振り向くと、彼の放った雪をかぶったらしいスペーサーがいる。
「そりゃ、そんなとこにいるおめーが悪い」
 アーネストは同情も何もなく淡々と雪かきを続けた。

 朝食も取らず、一時間ほど雪かきが続いた。
「疲れた……」
 スペーサーが音を上げる。アーネストはまだ根気よく雪と格闘していた。二人の努力により、何とか玄関までの通路は確保できたが、その先、道路に面した場所まではまだ距離がある。このままでは家の側にあるガレージのシャッターも開けられないだろう。
 ヨランダは何をしているかと言うと、雪かきは男どもに任せ、自分は家の掃除と洗濯をしていた。洗濯物が干せないので、全部乾燥機の中に放り込んだ。それからキッチンへ行き、コーヒーを淹れる。窓から顔を出し、二人を呼ぶ。
「コーヒーはいったよ」
 疲れてスコップにもたれかかっていたスペーサーと、その先で雪と格闘していたアーネストは腕を休め、共に振り返った。
 窓から家に入り、休憩した。
「この分だと、明日は筋肉痛だな」
 スペーサーは熱いコーヒーを飲んだ後、痺れる手足をさする。反対にまだ元気のありあまっているらしいアーネストは、少し休んだだけで、また外に出ようとする。
「まだ雪あるじゃねえか。ほれ、行くぞ」
 言いつつスペーサーの襟首を引っつかみ、引きずる。手足から半ば力の抜けたスペーサーは、アーネストの腕力に抗うことも出来ず、大人しく引きずられた。抗議の言葉をぶつぶつ呟きながら。
「ところで、朝ごはん食べないの?」
 ふと、ヨランダが口に出す。言われて、窓に足をかけていたアーネストは、指摘されて初めて自分の空腹に気づいたようだった。
「そういえば朝飯まだ食ってなかったっけ」
「それ以前に、冷蔵庫に何か残っていたのか?」
 窓枠にもたれかかるようにして、スペーサーが口を開いた。ヨランダは冷蔵庫に駆け寄って、開いてみる。
 しばしの沈黙。

「早く雪かきしてよ、買い物に行けないじゃないの! ガレージのほうも早くしてよ。歩いていくのシンドイから」
 ヨランダは窓から命令を飛ばす。対して男二人は、だいぶ疲れが出てきているというのに、先ほど以上のペースで雪かきをさせられていた。アーネストが体力馬鹿とはいえ、目の前にそびえる雪の壁を崩すだけでも体力を消耗する。その上雪が固まると、重くなる。重い雪を何度も除けているのだから、当然体力はどんどん削られる一方である。玄関から道路までの進路は何とか切り開いた。他の家も雪かきに追われているので、道路はある程度雪が除去されている。
 しかし、ガレージを開けて車を出せるようにするには、道を切り開くだけでなく、車が通れるだけの幅も作らなくてはならない。加えてタイヤが雪でスリップする可能性もあるため、少なくとも道路に出るまでは徹底的に雪を払わねばならなかった。
「はーやーくー」
 ヨランダは窓から動かないで、男二人に命令を飛ばしていた。
 疲れきった二人は、ついに、そろって、彼女に向かって怒鳴りつけた。
『少しは手伝え!』