台風の前



「あつい」
 秋の夜。
「これだから季節の変わり目って……」
 ヨランダはふとんをはねのけた。
「毛布だと暑いし、タオルケットだと寒いし。ほんとにもう」
 枕元の時計は、まだ真夜中。当然、カーテンの外にも闇が広がっている。それなのに、夏のような暑さが部屋の中に残っている。
「カレンダーはもうとっくに十月前じゃないの、もう。いつまで夏の残暑を引きずり続けてんのよ、本当に!」
 ヨランダはぶつぶつこぼし、ベッドわきの小さなライトの明かりでカレンダーを見た。まだ九月の半ば。それなのに、夏がぶり返したかのような暑さだ。だが、クーラーを入れねば寝られない、という程ではない。
「中途半端ってやだわ」
 それでも寝苦しい。窓を開けても風は入って来ない。仕方がないので、扇風機をつける。そろそろしまおうかと思っていたものがここで役に立つとは。
 スイッチを入れると、そよそよと風を送ってくれる。
「ああ、すずしいわあ」
 ベッドに座った彼女は、涼しい風をしばし楽しんだ。
「それにしても、近々大型の台風がくるっていうけど、この暑さと風の無さじゃあ、ちっともそんなふうには思えないわね。窓を開けているのに、風だって入って来ないし……」
 ニュースではよく、「台風が上陸」云々と騒がれている。しかし、ここ数日は天気がよく、風もあまりふかない上に気温もそれなりに高いため、台風が来るとはとても思えない状態。
「とにかく、このまま寝ちゃおうっと。風も吹いてくれるんだし」
 ヨランダは扇風機をつけたまま、毛布をかぶった。扇風機で辺りの空気が冷やされてきた分、毛布の暖かさが気持ちよかった。いつのまにか、彼女は再び眠りに落ちた。
 深夜をすぎ、夜が更け始めたころ、空は急激に曇りだした。どんよりした灰色の雲はまたたくまに空を覆い、風が遠くから湿り気を運んでくる。そうして明け方近くになるころには、遥か遠くで雷鳴が聞こえるにいたった。
 目覚まし時計が鳴ると、
「さむい……」
 ヨランダは、窓から吹き込む強風に身を震わせる。目覚まし時計を止めた後、彼女は窓を閉めて、まだ周り続ける扇風機のスイッチをきった。
「いきなり冷え込んでるじゃん、もう」
 タンスから薄手の長袖の服を取り出す。
「こないだ洗濯して良かった」
 着替えて、カーテンを開け、外の景色を見る。
「うそヤダ! すっごく曇ってる!」
 昨日はわりと明るく晴れていたのに、今日は朝からどんよりと曇っている。信じられない天気のかわりように、ヨランダは驚くばかりだ。風もあり、外の木が枝をゆすっている。
「今日、お買いもの行けるのかしら」
 免許はとっているけれど、男性陣二人からは「絶対に独りで乗るな」と猛烈に反対されている。何のために免許を取ったのか、わかりゃしない。
「洗濯ものは全部乾燥機に入れてしまえばいいけど、ほかはどうしよう」
 空はどんより曇り、強い風がその雲を押し流していくが、灰色のカーペットはちっとも空からどかないままだ。じきに雨も降りだすことだろう。
「気が重いわねえ」
 ヨランダはそう呟いて、朝食を取りに階下へおりていった。