対談



 町の地下に、密かに作られているシーフギルド。シーフたちが町中にいることは既に知られているが、そのギルドの場所や入り口のありかを知っている者は、ごく僅かであった。そのギルドには、あちこちから集まるシーフだけでなく、国お抱えのアサシンたちも時に訪れている。そしてこのギルドを束ねあげるシーフギルドのギルドマスターは、この国全ての闇世界の住人から一目置かれた存在であった。

 ギルドマスターが部屋にいるときだった。
 部屋の中に、一枚の羊皮紙がドアの隙間からスルリと入ってきたのだ。羊皮紙は彼の机の前でボッと燃え、続いて、ぼんやりとしながらも人の姿を成した。
「これはこれは」
 齢のわからぬギルドマスターは、鷲のように鋭い目を、その人の姿をした何かに向ける。陽炎のように若干揺らめいてはいるものの、その人の姿は、まさしく、スペーサーであった。だがこれは実体ではない。羊皮紙の呪文という媒体を通じて、実体は町から外れた一軒家で、直接ギルドマスターと話をしているのである。
『またアサシンがきた。あんたの仕業か?』
 ぶっきらぼうな口調で、スペーサーが喋る。声も揺らめいているようで、やや聞き取りにくい。腕を組んだが、その際、右袖から、術の文句の刻まれた腕輪がちらりと見える。
 ギルドマスターは笑った。
「ほう。奴の首を取ったのか?」
『いけないか? シーフやアサシンごときに、この私がやられるとでも?』
「いやいや、そうは思わんよ。お前さんがそう簡単にやられるとは、考えもしない。送ってやったアサシンは実験材料にしたのか?」
『はん。あんな屑ども、実験材料にもならん。それより、あんたはそうまでして、私の首が欲しいのかね?』
 いつになく怒りを含んだ口調である。相手を見下す傾向のあるこの魔法使いにしては、珍しい。
 ギルドマスターは首を大げさに振って、笑う。
「お前さんの首が欲しいのではない。お前さんが欲しいのだよ。お前さんの魔法と我々の盗みの腕が合わされば、この国を裏から支配することが出来るのだ。それだけではない。いずれは世界すらも手中に握れるかもしれないぞ。素敵だと思わんかね」
『つまらんな』
 スペーサーは一蹴した。ギルドマスターはにやりと笑う。
「そうそう、そろそろ、お前さんの元に送り込んだアサシンが、襲ってくる頃だろうな」
 同時に、目の前の映像が一瞬消えた。しかし、数秒後、また映像は現れた。
「おやおや、また殺してしまったのかね」
『構わんだろう。ただの掃除だ。それより、これ以上頻繁に屑どもを送り込んでもらいたくないのだが』
「おや、なぜだね」
『研究の邪魔だ。それに、あんたのいうような世界の支配なぞ、無意味だな。永遠に生きられるわけじゃなし。常に覇権争いに怯えて、保身に走り、惨めな最期を遂げることになるだろうよ。それに――』
 映像が一瞬ぶれる。
『シーフギルドを丸ごと潰してやることもできるという事を、忘れるな。私がその気になれば、この国すらも丸ごと潰せる。あんたが生きているという保証はないぞ』
「やる気かね。過去に罪を犯したはずなのだろう?」
『……二重に罪を背負っても構わん。どのみち私の罪は、私が死しても消えぬ』
 スペーサーの口調には、嘘はない。その目はしっかりとギルドマスターを見据えている。しばらく二人は相手をじっとにらみ合った。
 やがて、ギルドマスターが笑いながら目をそらした。
「わかったわかったよ、お前さんには敵わん。昔からそうだったな、わっはっはっは……」
『くだらん冗談は止めてもらおうか』
「冗談? いやいや冗談など言っておらんよ。事実を言ったまでのこと。わかった、しばらくアサシンたちを送るのを止めておこう」
『そのついでに、あんたの子飼いのシーフどもも寄越さないでもらおうか。邪魔っけで仕方がないのだが、あの鼠どもを駆除する手間が惜しい』
「シーフたちのことなら、奴らは自分の意志で行っているんだ。こちらが命令しているわけじゃないぞ。しかし、嫌だというなら仕方ない。当分の間は行かせないことにしよう」
『できれば、私の生きている間は、奴らの姿を見たくもない』
「そりゃ無理だな、はっはっは」
 ギルドマスターは笑った。同時に、目の前の映像が消え、後には羊皮紙が残されたが、その紙は自ら燃え上がり、焼失した。
 ギルドマスターは机に肘をつき、紙の灰を見つめた。
「先が短いというのに、奴はまだ続けるのだろうな。この町に骨をうずめて自らの罪を償うために。もったいないものだな、稀代の天才術師と呼ばれた奴と組めば、本当にこの世界を手中に収められるというのになあ」
 あの右手に嵌められている腕輪が思い出される。あれを嵌め続ける限り、彼は罪から自由にはなれない。
「それでも構わんのだろうな、奴がそういう生き方を選んでいたのならば。もっとも、あの時の戦で、奴にあの禁術の情報を提供したのは、私自身なのだがな……」
 紙の灰が、風もないのに宙を舞い、ドアの隙間から一つ残らず飛び去っていった。