偵察



 カラスは、スペーサーの使い魔である。癇癪持ちで気難しいところもあるが、主には心を許し、忠実に仕えている。魔法使いと共に在る使い魔はその寿命も大幅に延びる。つまり、主であるスペーサーが生きている間はずっとカラスも生きているのである。

「今回も、頼んだぞ」
「カア」
 主に命令されるまま、カラスは窓から飛び立った。

 夕暮れ。
 着いたところは、一般人には在り処の分からぬシーフギルド。ギルドがあるということは町の一部のものだけが知っている。そしてそのシーフギルドの在り処を本当に知っているのはそこに属するシーフたちとスペーサーくらいなものである。
 カラスは、窓の近くに生えている木の枝に止まる。深く生い茂った木の葉の隙間を通して、内部を覗く。
 室内で、数名のシーフたちが話をしている。一般人にしか見えない服装であるが、時折見せる仕草は、シーフの間でのみ通じるものである。これは、一般人がシーフギルドをスパイするのを防ぐため、会話の中でもシーフにしか通じない仕草を混ぜることで、見分けているのである。
「今度は、薬草でも売りさばいてみないか? 新たなギルドの資金源になるぞ」
「やめとけ。俺たちには、どれが毒でどれが薬なのか、見分けがつかん」
「大丈夫、ただの草を薬草だって言えば――」
「そうは問屋がおろさないわよ。この町には、薬の専門家がいる事を忘れちゃ駄目。彼に見られたりしたら、ギルドを潰されかねないわよ。ただでさえシーフ大嫌いってんだから。それよりも、どうしてだか知らないけど、シーフギルドの場所を知っているらしいのよ」
「そういえばそうだよな。こないだ、ギルドマスターの部屋に奴が侵入したっていうじゃないか。ギルドマスターは笑ってたけど。一体どうやって?」
「さあ。魔法使いだから、何か変な魔法を使って探り当てたんでしょう」
「金塊を生み出す魔法とかあったら、いいんだけどな」
「ありえないって」
 シーフたちは談笑している。カラスは時折首をかしげながら、その会話の様子をじっと見つめている。その様子に気づくシーフはいない。
「ところでさ、あの魔法使い、変なカラス飼ってるよな。いつも奴の周りを飛び回って、うっとうしい」
「ええ、変っていうか、すごく癇癪持ちなの。すぐ怒って爪でひっかいたり嘴でつつこうとしてくるのよね。痛くて仕方ないわ」
「何のためにカラス飼ってんだ? お金でも運ばせるのか?」
「わかんない。人をつつかせるためにあるんでしょ」
 それからシーフたちは、地下の酒場へ酒を飲みに行ってしまった。カラスはなおもしばらく枝にとまっていたが、やがて室内に入る。室内にはテーブルが一つと椅子がいくつかしかない。テーブルの上には小さなサイコロがいくつか散らばっている。シーフたちの持ち歩く幸運のお守り。一の目には、ガラスがはめてあった。
 カラスはしばらく室内を見回し、部屋に入った際に抜け落ちた自分の羽を嘴でつまんで拾い上げ、証拠隠滅のために窓から外へ出た後、捨てた。
 シーフギルドの地下酒場。天井に明り取り専用の小窓が一つある。カラスはその小窓の近くに下りたあと、じっと聞き耳を立てた。
 酒を飲みながら、シーフたちが話をしているのが聞こえる。
「ところでさ、ギルドマスター言ってただろ?」
「言ってたって、何を?」
「知らんのか? あの魔法使いの家にしばらく行くなってさ」
「えっ、どうして」
「俺らを蛙や蛇に変えられちゃ困るんだろうな。ハエなんかに変えられるのも嫌だけど」
 嫌悪感丸出しの表情である。
「ギルドマスターの命令じゃ仕方ない。というか、あの魔法使いの家になんて、自分から行きたくもない。何されるかわからんからな」
「こっちだって行くのは嫌よ。女子供でも容赦しないんだもん」
 シーフの一人が、ふと、明り取りの窓を見る。
「今日は、曇りか。出て行くには絶好の機会だけど、あいにく獲物はまだないしな。しばらくは情報収集にまわるか」
 カラスに気づいている様子はない。カラスは首をかしげながら、続きを聞く。
「ところで、裏の噂じゃあ、あの魔法使いはギルドマスターと昔からの知り合いだってさ」
「あら、そんな話は初耳ね。情報収集専門のアタシでさえ、初めて聞く話よ」
「昔からだって? いったい何時から?」
「さあ。ギルドマスターとあいつとじゃ、歳が離れすぎているけどなあ……。ギルドマスターがあいつに執着してるってことは俺らも知ってるけど」
「何度かギルドマスターは奴のところへ暗殺者を送ったらしいが、皆やられちまったそうだ」
「研究の邪魔をされるのが一番嫌いなんだもの。しかも大のシーフ嫌い。アタシたちじゃ相性が悪すぎるわよ! 必要に迫られなかったら、彼のところへ近づきたくもないわ。何されるか分かったものじゃないもの。またあの時みたいにこき使われるだろうし……」
「こき使われるだけならまだいいほうだろ。蛙や蛇に変えられて瓶詰めにされて送り返された奴だっている。頭さげまくって、やっと魔法を解いてもらったじゃねえか。触らぬ神になんとやらだぜ。ギルドマスターの命令がなくても、よっぽどのことがなければ近づきたくもねえ」
 シーフたちは青ざめた顔で身震いした。

「……なるほど。ごくろうさん」
 スペーサーは、戻ってきたカラスから報告を聞き、軽く頷く。使い魔の言葉を理解できるのは、主従関係を結んだ魔法使いだけである。使い魔はカラスの言葉で喋っているのだが、スペーサーはちゃんと人語として理解できるのだ。
 カラスは報告を終えると、すでに用意されていた干しアンズやクルミをついばんだ。
「しばらくはシーフどもは大掛かりな動きは見せないようだな。しかし、用心するに越したことはない。そのうち私の方からも行ってみるとしよう。そうすればシーフどもの本音が聞けるというものだ」
 果実をついばんでいたカラスは顔を上げ、賛同するようにカアと鳴いた。