つかの間の列車強盗
「全く、列車強盗とは古風な」
スペーサーは、停まった列車の一等客室の中で、読みかけの新聞を畳んだ。
ちょうど、短期休暇のため、地球にいるところだ。地磁気を利用した専用の乗り物がガソリンの乗り物をほぼ完全に駆逐した現在、昔風に電気や石炭を使って走る列車はごく一部の地域で観光用に残されているだけとなっている。そして、この列車は時々郵便物を載せて走る貨物列車の役割もかねている。これも観光のためだ。
先ほど、鉄道員のアナウンスが入り、前方で事故が起こったため、二十分ほど停車するとの旨を告げていた。
が、スペーサーはこのアナウンスが偽物だと知っていた。
「休暇中だが、ちょいと行ってみるか」
他の客室から客の出る気配は無い。アナウンスを信じきって、事故の処理が終わるのを待っているのだ。ざわめきだけが通路を支配している。
先ほどまで彼が読んでいた新聞には、一面に大きな記事が載せられていた。
『A区非常警戒地域に設定。列車強盗の多発につき』
スペーサーは通路を通り抜け、車掌室へ歩く。ドアの向こうから、何やら人の話し声やら何かを運ぶ物音が聞こえる。停まっている列車の外は、霧に包まれているが、何かを運ぶ物音は、列車の外にも響いている。
スペーサーは無造作に、車掌室のドアを開けた。
車掌室に車掌がいるのは至極当たり前。そして、郵便物や宅配用の小包を載せる貨物用車両の管理をするのもまた車掌の役目。
「ふーん」
スペーサーは目の前の光景に、冷ややかな目を投げた。貨物室のドアは開けられ、車掌室の片隅には、おそらくスタンガンで気絶させられたであろう車掌、機関士が床に転がっている。貨物室から物音がする。駅のホームに面して作られたであろう車掌室のドアは開け放たれ、その外は濃霧が支配している。
「おい、次の包みはまだか」
車外からの声。外に誰かいる。いつも持ち歩いている《危険始末人》としての道具の一つである時計型レーダーを覗くと、車外に乗り物のほか、五、六人の生命反応があった。
「列車強盗のネズミどもか」
スペーサーはレーダーをポケットにしまい、今度は上着のポケットに手を入れ、車外に出て行った。
貨物室の中から、厳重にくるまれた包みを二人がかりで運び出してくる、列車強盗たち。顔を見られぬよう覆面をしている。
「おい、次だぞ」
しかし、入り口へ行っても返答はない。
「どうした、早く手伝え。もう積み込みは終わったんだろう？」
「ああ、終わったぞ」
声が聞こえた。
強盗たちの真正面から。そして、足音が聞こえ、濃霧の中から誰かが姿を現した。
強盗たちはその姿を見た途端、ぎょっとした。
現れたのは、彼らの仲間ではなく、《危険始末人》だったのだ。さらに、悪党連中ならば大抵のやからが、名は知らなくとも、その男の顔を知っている。
かつて、たった一人で裏世界の組織の一つを潰した、情報操作・情報収集のプロフェッショナル。その伝説はある程度尾ひれがついているものの、裏社会でもその名を良く知られた巨大な組織《マシーの尻尾》を潰したのは本当のことである。
「き、《危険始末人》……」
強盗たちは一斉に身震いした。
何も手に持っていない最後の強盗が、貨物車両から出てきたところだった。すぐ事態を把握し、他の仲間より度胸があったと見えて、床に倒れている車掌達の側に駆け寄るが早いか――
その額に穴を開け、床の上に倒れた。
「はん。人質をとっても無駄な事」
スペーサーは、その手に熱線銃を持っている。
「ああ、そうそう。お前達のお仲間は、先にあの世に逝って貰ったぞ」
外から血の匂いが漂ってくる。
「逮捕して情報を吐かせる必要など無い。貴様らのボスが誰で、チンケな巣穴がどこにあるか全て知っているからな、A区サンドリア地帯に巣穴を作った、《砂》の下っ端ども」
次の瞬間、強盗たちが一斉に積荷を捨てて、彼に飛びかかってきた。
五分後、何事もなかったかのように、列車は動き出した。乗客たちは一息ついた。
しかし、本日が濃霧でなかったならば、外を眺めた誰かが気づいたであろう。
列車のレールの外に、列車強盗たちの死体を積んだトラックが止められていた事に。
数日後、休暇を心行くまで堪能したスペーサーが基地への帰路に着いたとき、電車内の売り子から無料で貰った朝刊と、それについてきた緊急速報を読む。新聞の一面に目を通すと、その目に勝ち誇ったような冷たい光が宿り、口元にも冷たい笑みが浮かんだ。
『列車強盗《砂》全滅。積荷の奪い合いが原因か？ 事件に巻き込まれた車掌と機関士、駅到着時にはすでに死亡』
『A区サンドリア地帯にて、列車強盗《砂》の組織摘発、主犯格の男逮捕！』
「私が偶然同じ列車に乗りあわせていたこと、あの世で後悔しているだろうよ。最後には、車掌や機関士にも口止めさせたしな」
彼は新聞を畳み、飛ぶように通り過ぎていく綺麗な田園風景を見つめた。