秋の夜長
秋の夜長。
寝て過ごすも良し、夜更かしするも良し。どう過ごすかは個人の自由であったが、眠れなかったり、気晴らしになる物が何もなかった場合は、時計の針を見つめて早く朝が来てくれないものかと願う事もある。
「やっぱり眠れないわねえ」
ヨランダはベッドの上で溜息をついた。部屋の明かりは消してあったが、サイドテーブルの上のスタンドだけは明かりがついている。サイドテーブルには本がおいてあった。自分に理解できないほど難しい本を読めば眠れるかもしれないと思って、スペーサーに借りたのであったが、どれだけ読んでも眠れずじまいであった。単語が頭を通り抜けていくだけだから。
星を眺めようにも、今夜は曇りだ。明日は雨が降るかもしれない。安眠のための睡眠薬も持っていないので無理やり眠る事もできない。古典的な方法として羊を数えたが、数え間違いを気にしてしまい、余計に目が冴えた。
時計を見たが、まだ夜中の一時だ。
「あーあ。寝たいのに、なんで眠れないのかしら」
ベッドに潜れば数分で寝てしまうアーネストの寝つきのよさを、彼女は羨ましく思った。
「アタシもあれくらい寝つきがよければ、今頃夢の中でしょうに」
カーテンを少し開けてみるが、曇りで星も月も見えない。目に入るのは、わずかに残る街灯の光だけだ。
「いっそのこと、朝まで起きていようかな。でも、暇すぎるわね」
ヨランダはふとんを跳ね除け、起き上がった。廊下に出ると、前方にある部屋のドアの隙間から明かりが漏れているのが見える。どうやら、スペーサーはまだ起きているようだ。
(たま〜に徹夜してるみたいだけど、よくいつもどおりに起きられるわねえ。アタシだったら、昼まで寝てるわ、きっと)
用を足して部屋に戻った彼女は、ベッドの縁に腰掛けた。
「何をしようかな」
本を手にとっても、単語が頭の中を通り過ぎるだけで、眠気も何も起きない。一分も読まないうちに、彼女は本を放り投げてしまった。
「することないわねえー」
思わず、声に出してしまった。しかし、誰も彼女の声に反応してくれない。
「つまんない」
またベッドに寝転がった。
寝転んでどのくらい経ったのか。ふと彼女は起き上がった。
何かが聞こえてくる。カーテンを開けてみる。外にはまだ闇が広がっているが、音はその中から聞こえてくる。
鈴虫の声。
リンリンと、短めの音が聞こえてくる。しかしやがて、リーリーと長い音が聞こえる。
「綺麗な音色ね」
思わず彼女は聞きほれた。窓を開け、より聞こえやすくすると、鈴虫の声が良く聞こえてきた。リンリン、リーリーと複数の鈴虫が小さなコンサートを開いているようである。
ヨランダはベッドに座ったままで、鈴虫のコンサートを聴き続けていた。時間を忘れてしまうほど、夜の寒気を感じなくなってしまうほど、そのコンサートは静かで美しかった。
翌朝は、結局夜通し鈴虫のコンサートを聴いていたので、彼女は徹夜で眠く、おまけに、
「やだ。風邪引いちゃったかも」
ヨランダは身震いした。布団も被らず、上着もはおらないでいたのだから無理もない。
「でも、また聞きたいわねえ、あのコンサート……」
秋の夜長にだけ聞ける、鈴虫のコンサートは、この一週間ずっと開催されていた。