夕日を見たい



「なんだって?!」
 スペーサーは調子外れな甲高い声を上げた。
「夕日が見たいって?」
「うん」
 依頼主は言った。
 依頼主は地球外銀河の小惑星に住む子供。名をニニという。赤黒くてつり上がった目と、黄色い皮膚から見て、この子供が地球外銀河第八惑星ケララの民であることは明白である。この小惑星はケララの衛星居住区である。
 ニニは言った。地球で言うところのベッドである、丸い繭の中に寝転がって。
「この部屋から一歩も出ずに、夕日が見たいんだ」
「しかもこの部屋から?!」
 スペーサーは顎が外れたかと思うくらい、口を開けていたようだ。
 誰でもいいから引き受けられるこの依頼、ケララの言葉を話せる《危険始末人》は彼しかいなかったので、彼が引き受けたのだが、依頼主の口から聞いたのが、これだ。ニニは夕日を見たがっている。
 ケララの衛星居住区からも夕日は見える。ただし夕日の色は赤紫であり、東へ沈む。
「この部屋から一歩も出ずに、夕日を見たい。ねえ……」
 スペーサーは頭を悩ます。とんちだろうかと考えること数分間。ニニはスペーサーを、からかいの目で見ているようだ。ケララの星の住人は、意味もなく他人をからかうことで有名である。時々《危険始末人》をからかってふざけた依頼を行うので、《危険始末人》からは敬遠されている。
 ケララの星の習慣では、日没が寝る時間に当たる。今はだいぶ東へ太陽が傾いている。あと三十分ほどで沈んでしまうだろう。
「はやく、早く。ボクをこの部屋から動かさずに、ボクに夕日を見せてよ」
 ニニはせかす。繭の中にいるのは、もう眠りにつく準備が出来ているからだ。
(こいつ、私をからかっているな?)
 スペーサーは内心舌打ちをしつつ、この部屋を見渡す。窓は真西。これでは夕日を見られそうにない。繭はこの部屋の真ん中にある。室内の壁は、南側にドアがあるだけで、他には何もない。
(たまにいるんだよなあ、《危険始末人》を試そうという奴が)
 苛立ちを抑えながら、スペーサーは考える。つま先でコンコンと床をせわしなく叩きながら、さてどうしたものかと部屋の中を見渡した。部屋の改装など出来そうにない。この部屋は、家の西側にある。東側の壁に穴を開けて夕日を見せるというやり方も不可能なのだ。もっとも、壁に穴を開けるような真似は、しないのだが。
 ニニを部屋から動かすことなく、夕日を見せる方法。
 夕日が沈むまで、もうあまり時間がない。彼が考えている間にも、容赦なく時間は過ぎていく。繭は壁に固定されているので、動かすことも出来ない。正方形の形をして、西側にしか窓のないこの部屋で、一体どうやって夕日を見るというのか。
 スペーサーは意味もなく部屋の中を行ったりきたりしていたが、ふと、窓を開ける。外の景色は、赤紫色に染まりつつある。だいぶ日が沈みかけているらしい。急がなければ。
 外の様子を見る。時代遅れの電柱が何本か並び、そのうち一本は大きな反射材の塊で作られているので、スペーサーがニニの部屋の窓から顔を出している様子が、その電柱に映っている。
 窓を開けたまま、彼はニニに問うた。
「君を、この部屋から動かす必要はないんだな?」
「うん」
 ニニは答える。あいかわらず、からかうような眼差しをスペーサーに向けたままで。スペーサーは窓を開けたまま、部屋を横切り、ニニの繭の後ろにある小さな丸い鏡を取る。ケララの住民にとって、鏡はただの壁飾りなのだ。
「借りていいか?」
「うん」
「そうか、ありがとう」

 その五分後、ニニは完敗した。スペーサーはニニを部屋から動かすことなく、ニニに夕日を見せたのだから。部屋の壁の一部に夕日の赤紫の円形の光が映し出されている。

「そ、そんな、一体どうやって……!」
 窓から身を乗り出すニニ。スペーサーはにやにや笑いながら言った。
「こういう仕掛けを使っただけのこと」
 反射材で作られた電柱の隣にある、もう一本の電柱に、ニニの部屋にある鏡が吊るされていた。
「鏡と反射材で太陽の光を反射させただけのこと。向きの自在に変えられる鏡なら、動かせない反射材の受け取る光の角度をこちらで調節することが出来るからな。ちょうど反射材の位置が、太陽の光を受け取れる場所にあったし、なにより、君の述べた条件の――」
「条件の?」
「動いてはならないという対象の中に、『私』は入っていないからな」
 あっ、とニニは声を上げた。が、
「でもさ、『偽の夕日を見たい』といわなかったよ、ボク」
「ああ。だが、『本物の夕日を見たい』とも言わなかったよな?」
 ニニの完敗だった。

 基地への帰り、スペーサーはニニから報酬としてもらったものを眺めていた。それを貰ったときの、自分を負かした奴は初めてだったと言うニニの悔しそうな、それでいてすっきりしたような表情が頭の中に浮かぶ。
 ケララにのみ出土する、虹色の鉱石のかけら。希少価値は極めて高い鉱石だが、あいにくケララでは質の悪い部類に入る。
「ま、土産に貰っておくか」
 太陽系に彼の宇宙艇が突入する。はるか向こうに見える恒星の放つ光を浴びて、鉱石がキラキラと美しい光を放っていた。