第5章 part1
スペーサーは中央局を出る前に、あることを試すことにした。
部屋に、IDカードを置いていったのである。
例の警備ロボットがプロペラを回して、入り口まで彼を迎えに来た。
「よお、よく出かけるなあ」
「まあな」
そして立ち入り禁止区域へとやってきた。
「で、今回は何を探す?」
「何でもいい、とにかく人の持ち物らしいものとか。あっちを頼む」
警備ロボットはそれ以上追及せず、さっさと探しに行ってしまった。スペーサーはロボットと別れた後、自宅の周囲をまず探し始めた。「彼」はこの家に日記帳を置いていった。つまりこの家が彼の家であるという事を知っているのだ。ひょっとしたら他に何かあるのかもしれない、前回は何も見つからなかったが、今回は何か収穫があるのかもしれないと思っていた。
家の裏手にある物置付近を調べているときだった。スペーサーは、散らばっている鉄骨や金属屑の中に、わりと新しい金属の塊を見つけた。拾い上げてみると、どうもそれはロボットの腕のようだった。さらに近くの鉄骨をかきわけると、先ほど拾った金属の塊と同じような材質の、さらに大きな金属の塊を見つけた。紫の光の下でよく調べてみると、それはロボットの残骸だった。彼をここへつれてきた、警備ロボットと同じ形をしている。ボディを覆う金属塗料は剥げかけているが、ボディの隅っこに製造番号120という字が書かれているのを、彼は見つけた。
(なぜこんなに壊されているんだ?)
特にロボットの頭部はめちゃめちゃに破壊されている。頭部はまっぷたつに割れただけでなく、空っぽの内部はオイルまみれになって無残な姿をさらしていた。そしてボディの胸の部分は、何かで引き剥がされた跡がある。内部の精密機械が錆びだらけになっているのが見えた。
彼は不審に思った。よく見ると、頭部の中身は空っぽだ。奥をのぞくと無数の配線がある。おそらく人工頭脳が入っていたのだろう。だがこのロボットにはそれがない。更に、精密機械のうちの一つが、無理やり引きちぎられているのだ。おそらく心臓部であろうその機械のパーツは、ちぎれたいくつもの配線をひっつけて、無造作に地面に転がっていた。そのパーツを拾い上げて、精密機械のぎっしり並んでいる中の、不自然にあいた箇所に入れてみると、ぴったりと合った。さらに、そのパーツを、紫の光の中でよく見ると、携帯電話の送受信用に使われているパーツと、形が一緒だったのだ。一度、携帯電話を落として壊してしまったことがあり、彼はその時、パーツをすべて拾い集めたことがある。
「一体どうして、こんな壊され方を?」
完膚なきまでに破壊されてしまい、もう動かないロボットには気の毒であったが、スペーサーはそれ以上にこのロボットが何故破壊されたのかを知りたかった。このロボットは誰かに破壊されたと見て間違いない。しかしその理由が考え付けない。
彼は、ひらめいた。ターキアの言葉を思い出したのである。
「三回目の外部調査では、警備ロボットの連絡もなかった……」
そしてロボットの傍らに、わりと新しい金属のパイプが転がっているのが見えた。一部がへし折れているが、へこみや傷からして、これで何かを散々殴りつけたことは想像がつく。
この警備ロボットは、「彼」についていったロボットなのだ。そして中央局へ情報を送る電話のような役目を持っているとするならば、このロボットは連絡をさせないために壊されたのではないだろうか。
「だが、何故壊した? 連絡されては困ることでもあったのか? それに――」
その時、プロペラの回る音が聞こえてきた。スペーサーは、この機械の残骸を隠そうとして、立ち上がる。
警備ロボット180が、飛んできた。
「何か見つかったのかい。何だそれ」
「ただの鉄くずだ」
スペーサーは言って、ロボットの背中に乗った。
「もう帰ろう」
ロボットは素直に町に向かって進んだ。
町に入ると、スペーサーは口を開いた。
「なあ」
「なんだ?」
「……町の外へは、なぜ警備ロボットと一緒に行かなければいけないんだ? 立ち入り禁止区域にされるくらいだから、何か物騒な生き物でも生息しているのか?」
「いや、何にもいやしないぞ。けどな、誰かが外に出るときは一緒についていけって、プログラムされてんだ。何かあったらマザーへ連絡するようにとも、プログラムされてる」
「ほお。では、君はなぜ行動できるんだ。人間で言うところの、脳のようなものはあるのか?」
「あるに決まってらあ。人工頭脳さ。この頭の中にはいってんだぞ。これがないと何も出来ないんだよ、ボディに命令が来ないからな」
「なるほど……ありがとう」
あの廃墟で見つけたロボットは、やはり連絡をさせないために破壊されたのだ。
中央局の前でロボットと別れ、スペーサーは局内へと入っていった。
医務室で検査を受けた後、スペーサーは「彼」の研究室に行った。研究室には、本やファイルのぎっしり詰まった書棚が壁の一面を陣取っている。本は背表紙のタイトルだけを見れば、医療関係の書物であることがすぐにわかった。別の棚に詰め込まれているファイルを一冊取って、ざっと斜め読みすると、まず意味の分からない医学の専門用語という壁に突き当たった。しかしそれを除けば、この世界に蔓延した奇病に感染した患者のデータと、感染してから死亡するまでの過程が詳細につづられているのが分かった。
「この世界に広がった病……それを治す為の研究か」
彼の頭の中に、あの少年の姿が浮かび上がった。「彼」が病気を治す為の薬を開発してくれることを期待していた、あの少年が……。
深夜一時をまわった頃、「彼」の研究室で、書庫から借りてきたたくさんの医学書を広いデスクの上に広げ、スペーサーは医学の勉強に励んでいた。書庫に備え付けられている、大量の藁半紙に、ボールペンで色々メモを取り、写していく。この世界の「彼」は奇病を止めるための研究を行っていた。こちらも、少しは予備知識を詰め込んでおいたほうが、「彼」の研究内容を理解する手助けになるのではないかと考え、勉強しているのだ。
時計が二時をまわる頃、彼はボールペンを走らせる手を休めた。コーヒーが飲みたい。深夜以降に作業を行うとき、彼はいつもコーヒーを飲んでいる。しかし、この世界にはそれがない。口が寂しい。
頼りなくついていたライトが、二、三度点滅し、ぷつんと消えた。
「停電か……」
慌てもせず、持ってきたペンライトをつける。これは部屋のペンたての中に入っていたものだ。夜おそくまで研究室の明かりがついていると、時々停電が起こることは、既にターキアから聞かされていた。
ライトの狭い光を頼りに、辞書を引き寄せてページをめくる。
「!」
手が止まる。
背後からの視線。今度は気配をはっきりと感じ取れた。同時に鼻を突く、あの異臭。
ペンライトを持ったまま、振り向く。
「!」
口の中で、彼の声は押し殺された。
彼の背後には、書棚がある。だがその書棚の前に誰かが立っていたのである。ライトの光に照らされているが、その誰かの顔は見えない。彼は座ったままでペンライトの光を向けているので、照らす位置が低いのである。見た限り、相手は薄汚れた白衣を着ているようだ。
「……誰だ?」
彼は問うた。しかしその声は震えていた。ライトを持つ手を動かし、もう少し上部を照らそうと試みるも、その手は、相手の手に乱暴につかまれ、ペンライトをもぎ取られた。その手には、包帯が幾重にも巻かれているが、金属のようにごつごつしていた。白衣に包まれていない体の部分もそうだ。包帯に巻かれているその肉体に、人間らしさはカケラもない。まるで肉体を隠そうとしているかのようだった。何者かは、恐るべき力でもって、彼を乱暴に引っ張り上げ、立たせる。その際、相手からあの臭いが発されていることを知った。そしてその臭いの正体も。
腐敗臭。
ひどく胸がむかついて、吐き気がしたが、彼はこらえた。何者かはもう片方の手で、彼の白衣のポケットからIDカードを出し、床に放り投げる。そして彼を引っ張る。ついてこいと言っているようだ。なぜか彼は大人しくそれに従った。従ったほうが懸命であると判断したからではない。彼は何も考えていなかったのだから。
ペンライトの光が消され、辺りが闇に包まれる。同時に、何かがギギギと動くような音が聞こえ、前方から弱い風が吹き付けてくるのを感じた。かすかな腐敗臭。
腕は彼を引っぱった。
闇に包まれて、何も見えないが、それでも前進する。片手を突き出して前方に何があるか確認していったが、書棚の一部が動いて通路が出来ているらしかった。本の一冊が手に当たって、その弾みで、本が床に落ちる。
階段があった。彼は気づかずに歩んで転びかけたが、腕が彼をしっかりと支え、立たせた。そうして降りていくにつれて、腐敗臭が強くなってくるのを感じ取った。
やがて、夢の中と同じ光景が、目の前に現れた。闇の中に、ドアが浮き上がってきたのである。正しくは、闇に慣れた彼の目がドアを見つけたというところ。ドアはわずかに開いている。腐敗臭はその隙間から漏れている。
何者かは、ドアノブを掴み、ドアをゆっくりと開ける。そして、そのドアの向こうにあるものが、ゆっくりと姿を現していく……。
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