第1話
「うひゃー」
倒れた木の大きさを見て、声を上げた。しかし、
「まだまだだよ」
首を振るカポエラー。先ほどの巨木は、カポエラーのトリプルキックによって倒されたのである。
「でも、こんなにでっかい木を倒せるんだもん、すごいよホント。わたし憧れちゃう」
向かっているのはプクリン。くりくりした前髪を揺らしながら、カポエラーの倒した木の大きさに驚いている。しかしながらカポエラーは嬉しそうではなく、不満そうだ。
「僕はまだこのくらいしか倒せないよ。もっと大きい岩とかも砕きたいんだけど、いつもうまく行かなくって」
このカポエラーは少し変わり者で、バトルで逆立ちをする普通のカポエラーと違い、バトルになっても逆立ちをしない。逆立ちすることはできるが、いちいちひっくり返るのが面倒くさいからだというのだ。
ポケモン渓谷の南のはずれに、閑散とした小さな森がある。この森に立ち入るポケモンはほとんどおらず、深く生い茂った木が行く手を阻むほどに成長している。誰も来ないその場所で、カポエラーは修行に励んでいるのである。
「ねえ、聞いたかい?」
ポケモン渓谷の側から、レディアンが飛んできた。
「何を聞いたの」
プクリンが聞き返す。カポエラーは首をかしげる。レディアンはきらきら光る目をくりくりと動かし、言った。
「知らないの? 物識り博士がね、宝物を見せてくれるって」
物識り博士こと、ポケモン渓谷いち歳を取ったヨルノズクは、知恵者であるだけでなく、様々なアイテムをコレクションしている。時々見せてくれるのだが、この渓谷にすむポケモンたちの見たことのないものばかりだった。人間の世界にいれば見つかるものも見せてくれるが、大半は、どこを探しても見つからないと思われるようなアイテムだった。
今回、ヨルノズクが見せてくれたのは、朱色のかけらだった。まるで岩石から削り取ったような、雑な形だが、それでもその朱色のかけらは美しい光を放ち、皆を驚かせる。
「これは、南の森の崖下で拾ったものじゃ。このかけらについてはまだ何も知らんが、わしが若いころに拾ったときと同じ輝きを放ち続けておる。もう何十年にもなるのお」
光るかけらを枝の上に乗せたまま、ヨルノズクはその光に見とれている。
「すごいなー」
カポエラーはその光に見入った。たくさんのポケモンたちが、我も我もと、そのかけらの放つ光を見ようとし、そしてそのかけらの美しさに目を奪われた。
かけらからは朱色の眩しい光が放たれていた。
「きれいだったねー」
「うん。あんな石、どこに落ちてるんだろう?」
カポエラーとプクリンは、また森に向かう。ほとんどのポケモンがこの森に立ち入らないので、ここはカポエラーの格好の修行場だ。
「さ、今日は気合パンチの練習だっ」
地面から突き出ている、苔むした岩に向かい、カポエラーは身構える。プクリンは少し離れた所で見物。
気合を溜めて、パンチを繰り出す。
「でやああーっ!」
渾身の力を込めた気合パンチが、岩に炸裂した。岩はあっというまに粉々に砕かれ、細かな破片が当たりに飛びちった。
「やったあ!」
プクリンが、短い手を叩いて喜ぶ。が、破片が飛んでくるので、丸くなるを使って防御した。
巨大な岩を一発で砕いたものの、カポエラーは不満そうだった。
「まだまだだよ。もっと少ない力で砕いてみたいもの。これっくらい力を込めないと砕けないなんて、まだ力不足だよ」
そう言って、手近にある、砕けたかけらの中でひときわ大きなものに、とび蹴りを放つ。蹴りが当たった瞬間、バカンと音を立てて、岩のかけらは更に細かく砕かれた。
「いてて……」
蹴りが地面にめり込んだので、足を引き抜く。その時、プクリンは、カポエラーの砕いた岩付近から赤っぽい光が漏れているのを見つけた。
「ねえ、その光、なあに?」
「なんのこと」
「ほら、アレ」
プクリンの指す先に、赤い光がある。カポエラーは行って見た。
「あれっ」
カポエラーが見つけたのは、赤い光を放つ、綺麗な水晶玉だった。先ほど砕いた岩の中にめり込んでいる。
「なんだろう、水晶玉みたいだけど」
水晶玉を拾い上げる。
その時、レディアンが飛んできた。四本の腕いっぱいに木の実を抱えている。
「ねえ、木の実食べない? って、何してるの? なあに、その丸いの」
「さあ。さっき拾ったんだ」
カポエラーはレディアンにその球体を見せる。赤い光を放つ球体が、レディアンの青い目に映る。
「物識り博士が見せてくれた、あのかけらと同じ光だね」
「言われてみれば……」
カポエラーとプクリンは、その球体を見つめる。ヨルノズクがさきほど見せてくれた宝物のかけら。この球体と、あのかけらは、同じ光を放っている。だが、一体何の光なのだろう。そして、なぜこんな球体が、岩の中に入っていたのだろうか。
「物識り博士に見せようか」
レディアンの言葉に、プクリンがこっくりと頷いた。
ポケモン渓谷は既に日暮れを迎えていた。オレンジの光が渓谷を染めている。だがそんな中でも、カポエラーの持っている球体は赤い光を放ち続けている。夕日の色を浴びて、赤い光は朱色になっている。
「なんじゃと?」
ヨルノズクは、片足でセシナの実をつかんだままだったが、カポエラーの水晶玉を見て、その木の実を落としてしまった。
「外れの森で拾ったとな?! わしの宝物と同じ光を放っているというのかね?」
「うん。だってこの赤い光は、物識り博士の持ってるあのかけらと同じものよ」
プクリンが片耳を動かす。レディアンも頷く。
ヨルノズクは目をぱちくりさせていたが、巣穴に戻り、昼間ポケモンたちに見せた、あの赤いかけらを持ってきた。
同じ光を放っている。
「信じられんのお……わしが若いころ崖の下で拾ったあのかけらと、お前が持っている水晶玉が同じ光を放っておる。あの崖も、外れの森も、同じ方角にある。何か関係があるのかのお」
ヨルノズクは首をかしげた。
結局、何も分からなかった。
夕飯の木の実をたらふく詰め込んだ後、カポエラーはまた南のはずれへ向かう。プクリンは湖の岸辺で満月の光を浴びて、月光浴をしている。レディアンはバルビートやイルミーゼと樹上で面白おかしく談笑中。
カポエラーは、あの赤い水晶球を明かり代わりにして、特訓を始めた。明るい赤い光が昼間並みの明るさで周りを照らす。目が痛くなるのが難点だったが、周囲を見渡すには十分なほどだった。
特訓を始めて三十分ほど経過したころ、赤い水晶球が突然光らなくなった。
「あれ?」
カポエラーは月光の光を頼りに、その水晶球の側へ歩み、それを持ち上げる。発熱していたらしく、暖かい。だが、水晶球はうんともすんとも言わない。光を全く放たない、ただの赤いガラス玉になっていた。カポエラーは、一体どうしたのかと、水晶球を揺さぶったり、コンコンと指先でつついてみたりした。だが何をやっても水晶球は光らなかった。
「ま、いいか」
カポエラーは水晶球を地面の中に埋めて、また特訓を開始した。
第2話へ行く■書斎へもどる