第2話



 ポケモン渓谷が今の形をなす遥か昔。この渓谷の南部には巨大な赤い水晶がまるで山のごとくそびえていた。だが、永い時が経過し、大地震によって、山のように巨大な水晶は砕けて地割れの中へと飲み込まれていった。後に更に時間が経過して、その場所はポケモン渓谷外れの巨大な崖に変わっていった――。

 カポエラーは寝床で目を覚ました。藁をたくさん敷き詰めた、巨大な老木の洞の中で寝ているのだ。
「変な夢……」
 外へ出る。今日は曇っていて、あまり明るくはない。それでも腹時計から考えて、いつもどおり起きたことに間違いない。近くの川へ降りていって顔を洗う。ついでに、コイキングやニョロモと雑談した。今日は川の水が冷たいから、半日水から上がる予定だとニョロモ。カポエラーはニョロモと一緒に朝食用の木の実を採りに出かけた。川を遡っていくと、木の実の林があるのだ。
「あ、おはよー!」
 ナナの木の上で、てっぺんに実っているナナの実を取ってほお張るレディアンを見つけ、カポエラーは声をかける。レディアンは木の実を無理に飲み込んで挨拶を返す。
「やあ、おはよー。いくつか木の実落とそうか?」
「ありがと、じゃあ、頼むよ」
 レディアンは連続パンチで木の枝をランダムにポカポカ叩く。そして枝を揺らしてやると、ナナの実がぱらぱらと地面の上に落ちてきた。
「ありがとー、これくらいでいいよ」
 ニョロモが言うと、レディアンは枝揺すりを止めた。
 ニョロモがナナの実を拾ってどこかへ行ってしまうと、レディアンは降りてきて、ナナの実を拾い上げているカポエラーに聞いた。
「ねえねえ、昨日のあれ、どうなった? あの赤い玉」
「ああ、あれね。光らなくなったよ」
「光らなくなった?」
 レディアンは思わずポカンと口を開けた。カポエラーは平然と木の実を口に入れる。
「で、その赤い玉、どうしたの」
「どうって、埋めたよ。いちおう岩の中に埋まってたものだから、土に還るかなって」
「そう」
 レディアンはきれいな瞳をぱちくりさせ、羽を広げて、南へと飛んでいった。
 カポエラーはそれを見送った後、また木の実をほお張った。
 朝食を済ませた後、アサナンの真似をして渓谷の滝に打たれてみたが、五分も経たないうちに水圧に負けて滝つぼに流されてしまった。泳ぎの苦手なカポエラーだが、幸い滝つぼに足がついたので、溺れずにすんだ。
 カポエラーが岸に上がると、南の森の外れから、赤い光が雲を貫くのが見えた。
「ん?」
 ぶるっと体を震って水気を落とし、カポエラーは光の見える方向へ走る。
「何だ何だ?」
 脇から声が聞こえ、目をやると、クラボの実を二本の腕に抱えたレディアンが飛んでいくのが見えた。
「あの真っ赤な光、一体なんだろう?」
 レディアンはカポエラーに気がついて、飛ぶ高さを少し低くする。カポエラーは、走りながら答える。
「さあ。わかんないよ。あの赤い光、昨日の、あの赤い玉の光にそっくりだけどさ」
 南の外れの森に着く。赤い光はだいぶ細くなってはいたが、光の発する場所を特定するには十分だった。赤い光の伸びている根元を掘り返すと、カポエラーが昨夜埋めた、あの赤い水晶球が出てきた。水晶球は、赤く光っている。
「この水晶球から?」
 レディアンは、青い目をくりくりさせる。カポエラーは、しばらく水晶を持っていたが、落としてしまった。
「あちちち!」
 パンパンと手をはたいた。
「何これ。急にものすごく熱くなって――」

 カッ!

 水晶球から、更に眩しい光が放たれる。同時にあたりが赤く染まり、カポエラーとレディアンは思わず目を閉じた。
 光はスポットライトのごとく様々な方角を差し、やがてその光は一箇所を差してピタリと止まる。そして、眩しい光は収まり、糸のように細い光が、その一箇所を差しているだけとなった。
 光の眩しさが収まり、目を開ける。
「あれ?」
 水晶球からは、糸のように細い光が放たれている。
 熱くない水晶球を手に取り、カポエラーは光の方角へ歩く。レディアンは一足先に飛んでいった。
「おーい」
 やがてレディアンの声が聞こえる。カポエラーは、声を追って走る。この先に何があるのかは、おおよそ見当がついているつもりだ。
 赤い光は、ポケモン渓谷外れの崖を、差していた。そして、光は途中で垂直に曲がり、崖下へ向かって伸びている。
「なぜ、崖下なんか指しているんだろう?」
 レディアンは、カポエラーの持つ水晶と、底知れぬ崖の中を見つめる。渓谷の住人誰一人として、この崖下へ降りた事など無い。ヨルノズクを除けばだが。
「ねーえ」
 背後から声が聞こえる。振り返ると、プクリンが一生懸命、駆けてくるところだった。
「さっきの光、なあに? 崖なんかで何してるの? その水晶が光らせてたの?」
 矢継ぎ早に質問を浴びせた後、プクリンは改めて水晶球を見る。水晶球は、細い光を崖下に向かって伸ばしている。
「あ、やっぱりその水晶ね。わたしの夢のとおり」
「夢のとおり?」
「うん。昨日、夢で見たの。その赤い水晶球が、崖下に向かって落ちていく夢。崖の下にも、水晶球みたいに赤い光を放つものがいっぱいあってね、水晶球はそこへ帰りたがってるの」
 カポエラーの手の中の水晶球は、プクリンの言葉に反応するかのように、キラリと太陽の光を受けて眩しく輝いた。
「帰りたい? つまり、この水晶は、崖下にもともとあったっていうこと? あの物識り博士の言ってたことってほんとなの、崖下にこんな赤い光を放つものがあるって?」
 矢継ぎ早に浴びせるレディアンの質問に、プクリンは頷いた。
 カポエラーは、水晶を見つめた。綺麗な光。だがその光は、やがて弱まり始める。そして、
「わわ、わわ、わわ」
 カポエラーの手ごと、水晶球が動いた。
「わ、わ、わ!」
 崖へ向かって引きずられるカポエラーに、レディアンもプクリンも仰天した。
「ちょっと、ちょっと!」
「どこ行くのよ! そっちは崖――」
 プクリンの言葉が終わらないうちに、カポエラーは水晶球ごと、崖から落ちていった。
「わああああああああああああ……」

 カポエラーを引っ張って、水晶はどんどん崖下へと落下してゆく。カポエラーは水晶が手から離れないために岩にしがみつく事もできず、落下していった。
「わあああああああああああ!」
 どんどん空気が冷たくなり、湿っぽくなる。続いて、闇が訪れる。太陽の光も届かないほどの崖下。
 そう、まるで血の様に赤い崖下。
「あれっ?」
 カポエラーは、崖下を一瞬だけ見た。
 血のように赤い光が、目をくらませた。


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