第3章 part1



 宝の山へ、《CAGE》が廃棄物を落としに来る日。
 ユリシカは、眠そうな顔をして寝台の上に起き上がったアスールに言った。
「ほら、早く行こう」
 相手の口が動く。どこへ行くのかと問いたかったのだろうが、あいにく声は出てこない。
「宝の山だよ、さっさと来いよ! 朝飯食ってる暇なんかないんだよ!」
 文句を言いたそうなアスールを引っ張って、ユリシカは出発した。時計は朝の三時半。……これでも遅い方なのだ。《CAGE》は決まった日に宝の山へ廃棄物を落としに来るが、時間は異なっている。朝早い時もあれば、夜遅い時もある。今回は、日も昇らぬ早朝である。なぜその時間がわかるかと言うと、前日の朝にラジオで報道されるか、集落の掲示板に貼りだされるからだ。《CAGE》はあるルートに従って移動しているが、そのスピードはまちまちなので、特定の場所に到着する時間は毎回異なっている。
 後部の籠に、あくびをくりかえすアスールを乗せ、ユリシカはバイクを飛ばす。ライトの寿命が切れかけているようで、たまに光が消える。そろそろ電球を取り換えた方がよさそうだ。
 月明かりが、ほぼからっぽの宝の山を照らし出す。だがその周囲は、大勢の住人がたむろしている。《CAGE》がゴミを落としに来るのを、今か今かと待ち構えているのだ。
「くっそー、夕飯を食ったらすぐに出発すべきだったんだ!」
 ユリシカは悪態をついた。アスールは、宝の山(まだ何もないが)の周囲に出来ている人だかりを見て、首をかしげている。これから何が始まるのかと言いたそうだ。
「来たぞ!」
 誰かの声。見上げると、満月の中にひとつの影が……。そしてその影が大きくなるにつれて空気中に響き渡ってくる、ゴゴゴゴという音。アスールはその音に反応し、こわばった表情で上空を見上げた。ユリシカはそれに気づかず、《CAGE》が早くゴミを落としてくれないかとそればかり待っている。《CAGE》は減速していたが、宝の山の上空で停止する。そして、派手な音を立てて、《CAGE》の底にあたる場所から生えた筒状のものから、大量のゴミが落ちてきた!
 皆は歓声を上げ、《CAGE》が去っていくや否や、宝の山によじのぼっていく。それはまるで砂糖の山にアリがたかるようなものだ。
「よっしゃーあ!」
 ユリシカが走っていった後、アスールはやっと我に返ったようだったが、宝の山でゴミあさりをする住人たちを見て、今度はあっけにとられた様子。住人達はめぼしいものを持ち帰る。中には、他者のそれを奪おうとして襲う者もいる。そのうちユリシカは戻ってきたが、その小柄な体には似つかわしくない怪力で、旧式オーブンやトースターなどの家庭用品をいくつも肩に載せて、しかもとても上手にバランスを取りながら運んできた。腰に下げた袋には、鉄くずや用途不明の部品などがたくさん詰めてある。
「ほんとはあなたにも手伝ってほしいんだけど、骨折治ってないだろ? それにあなたのひょろい体じゃあ、あの取り合いに堪えられそうにないしね」
 アスールは骨折が完治していないので、重い荷物を運ばせると、骨折を悪化させる恐れがある。そのため、本当は一人で来たかったのだが、アスールを一人残していくと、ユリシカが不在の間に、家の中で妙な事をするかもしれない。あるいは、骨折をかばいながらも逃げてしまうかもしれない。そのため、仕方なくたたき起して連れてきたのだった。
 後部籠にガラクタを乗せると、アスールの載るスペースがなくなったが、籠のふちに腰掛ける程度のスペースはあったので、彼はそこに座った。
「さ、帰って修理だよ」
 帰宅したのは四時過ぎ。だが太陽はまだ東の空に顔を出してすらいない。地下の作業部屋に行く。ユリシカはカンテラに明かりをともし、持ち帰ったガラクタを作業用テーブルの上に載せていく。まずは、修理可能か否かを判定。油や泥などの汚れを落として分解し、修理したら元通りに組み立てる。
 ユリシカは、アスールにも修理を手伝わせた。今まで彼のために支払ってきた入院費を返してもらうためだ。
「あなたのために特別に薬まで注射してもらったんだよ。本当ならまだあなたは松葉杖やギプスを外せないはずだけど、杖も何もなしで自由に動き回れるようになったのは、骨の回復を早める特別な薬を使ったからなんだ。だから、入院費とその薬代、あたいに返してくれよ」
 アスールは不満顔であったが、ユリシカにそう言われたせいか、しぶしぶ手伝っている。ユリシカは、彼がガラクタを分解して修理するその様子を、ちらちらと盗み見る。
(やっぱりすごい。あたいとおなじくらい、ううん、それ以上だ……)
 修理をし、基板を磨き、油を差し、錆を落とす。その手の動きは全く無駄がなく、一度も止まる事がない。機械をいじる事に慣れているのだとわかる。朝日が昇るころには、ユリシカの修理したガラクタより、アスールの修理したガラクタの方が多くなっていた。
「あなたすごいな、あたいよりもずっとたくさん修理してる!」
 ついでにユリシカは、用途不明の部品を鑑定させる。アスールは一つ一つを丁寧に見て、貸してもらったメモ帳に、部品の名前と用途を書き込んでいった。だが売れるかどうかの鑑定は出来ないようだった。
 腹が減ったので缶詰と水の朝食を取り(またアスールは吐いた)、ユリシカはまた宝の山へ出かけることにした。修理ができるアスールがいるのだからもっと多めにガラクタを持って帰ってもいい。いやむしろ彼のために多額の金を払ってきたのだから、それを取り戻さねばならない。
「さ、宝の山に行こうよ」
 また行くのか、相手はそう言ったようだが、声は全く出てこない。
「もっと金を稼がないと、あたいらは生きていけないんだよ。あなたのところじゃあ、お金や食べ物には困らないだろうけどさ」
 アスールの腕を引っ張り、ユリシカは家を出た。

 全く、板きれのように固い寝台に寝かされて、眠れやしない。寝返りばかり打っていると、部屋のドアが乱暴に開けられて、ユリシカがずかずか入ってきた。私の体を揺さぶって「起きろ」と怒鳴る。仕方なく起き上がると、ユリシカは言った。
「ほら、早く行こう」
 一体どこへ? そう問うたつもりだが、声が出ないのを忘れていた……。それでも通じたと見え、
「宝の山だよ、さっさと来いよ! 朝飯食ってる暇なんかないんだよ!」
 宝の山と言うと、あのゴミためのことだろう。あんな場所に何の用があるのだろう。ユリシカは私を乱暴に引っ張って走るが、私はまだ足の骨が痛むので走れない……。シェルターを飛び出し、おんぼろの三輪バイクに乗り、出発する。日も昇っていないのに何をしに行くのだろう。そのうちユリシカの言う「宝の山」についたが、そこには人だかりが出来ていた。昨日は誰もいなかったのに。一体どうなっているのだろう。ユリシカは、夕飯を食ったらすぐに出発すれば良かったと悪態をついたが、ここで一体何が始まると言うのだ?
「来たぞ!」
 誰かの声。続いて、ユリシカは上を見上げる。晴れ渡った空に輝く満月。ふと、その満月の中に何かの影が見えてきた。その影はだんだん大きくなり、やがてゴゴゴゴと空気を響かせるエンジン音を――
《CAGE》だ!
《CAGE》は空中で一時停止し、ゴミを落とし始めた。そうか、ここが不燃物の廃棄場なのか。たむろしている連中とユリシカが歓声を上げる。あんなゴミの何が嬉しいのだろう。《CAGE》は何事もなかったかのように去ったが、皆、歓声を上げてゴミの山へ突進していった。
 自分の顔のこわばりに気がついた時、ちょうどユリシカが戻ってきた。その小柄な体に似つかわしくない怪力で、壊れた電化製品をかついでいる。腰に下げた汚らしい袋はパンパンに膨れているが、一体何が入っているのだろうか。……悪かったな、役立たずで。ユリシカは、担いできた物を後部籠へうまく乗せる。私の座る場所が無くなったが、隙間はあったので、そこに座ることにした。が、完治していない足が締め付けられて痛い。
「さ、帰って修理だよ」
 まだ日が昇らないうちにシェルターへ戻る。カンテラの明かりだけでは周りが見づらいが、ユリシカは慣れているようだ。持ち帰った電化製品を、薄汚れた作業用テーブルの上に置いていく。
「あなたのために特別に薬まで注射してもらったんだよ。本当ならまだあなたは松葉杖やギプスを外せないはずだけど、杖も何もなしで自由に動き回れるようになったのは、骨の回復を早める特別な薬を使ったからなんだ。だから、入院費とその薬代、あたいに返してくれよ」
 これが目当てで私を入院させていたのか? いや、まだ他にも動機はあるかもしれん。が、地上の下層民に借りを作ってしまったのだ、相手がだれであろうが、それは返さなくては。誰かに借りを作ったら、それがだれであろうと返すべしと、今は亡き両親が口を酸っぱくして言っていたものだ。手元はカンテラの明かりしかないが、何とかなるだろう。それにしても、次々に工場で新しいものが生産されて古い型のものはこうして捨てられていくだけなのに、なぜ下層民はこれほどまでに古い型の物を喜んで修理しようとするのだろう。さいわい、皆いじったことのあるものだし、作りも結構わかりやすいので、特別な道具なしに修理できるだろう。
 修理を終えると、今度は、汚い袋に詰まっているものを鑑定させられた。使いものにならない割れた基板や切れたヒューズにまじって、子供用の修理キットを鑑定しなければならんとは……。メモ帳に名前と用途を書き込んでいった。これが売れるかって? そんなことわかるものか!
 最悪の食事の後、結局また戻してしまった。このまま胃袋が何も受け付けないと、餓死してしまう……。ユリシカは私の事などお構いなしに言った。
「さ、宝の山に行こうよ」
 また行きたいのか? 一体どうして?
「もっと金を稼がないと、あたいらは生きていけないんだよ。あなたのところじゃあ、お金や食べ物には困らないだろうけどさ」
 そう言ってユリシカは私の手を引っ張り、外へ出たのだった。この言葉を聞く限り、下層民は《CAGE》に幻想を抱いているようだな。何もしなくても金や食べ物が手に入れられる理想郷だと思っているのだろう……。金ぴかの豪邸などという成金趣味を持つ者はごくまれにしか見つからないのに。金を稼がなくては生きていけないのは、《CAGE》でも同じなのに。
 おんぼろバイクに揺られながらも到着したゴミの山には、まだ大勢の人々がいる。ゴミの山はずいぶんと低くなっている。大量にゴミが持ち帰られたのだ。ユリシカは私をそこに残したまま、ゴミあさりに行った。私は足の骨がまだ痛むので、無理は出来ない。じっとしているより動いた方が骨折の治りが早いのは確かなのだが、あんな重そうなものを持つのはとても無理だ。
 ぽつぽつ去っていく者たちは、私を見つけると物珍しそうに取り囲んできた。に、逃げ場がないし、声が出ないのでユリシカを呼べない。「一体誰なんだこいつは」「見た事ねえな」と周りの者たちは包囲網を徐々に狭めてくる。そのうちユリシカは戻ってきたが、今度は大きな壁かけ時計とトースターを持ってきた。腰の袋はまたパンパンになっている。
「やー、おまたせ。おい、何やってんだよ、お前ら! あたいの相棒に手出すんじゃないよ! どけよ!」
 あ、あいぼう?
 ユリシカはスパナを振りまわして、周りの群衆を追い払った。
「もうちょっと待ってて」
 後部籠に載せるだけ載せ、またユリシカはゴミの山へと戻っていった。おんぼろバイクのアナログ時計は、午前八時をさしている。こんな旧式をまだ使っているのか。
 また私が別の群衆に囲まれた頃、ユリシカは、今度は嫌なにおいのする袋を持ってきた。鉄の臭いがするが、ずいぶんと軽そうな袋だ。私に見せないようにさっとベルトにくくりつけ、周りの群衆を追い払ってから、おんぼろバイクのエンジンをかけた。シェルターへ戻ってからも、ユリシカは私にその袋を見せようとしないで、早く修理してくれと言いながらガラクタを私の前にドサリと置いた。そして彼女はどこかへ行ってしまったが、このシェルターの中にいることは確かだ。ドアの開く音がしないのだから。……嫌なにおいがするあの袋には一体何が入っているのだろうか。気になったが、問うても教えてはくれないだろう。とりあえず私は修理を始めることにした。


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